在任7年8カ月に及んだ安倍晋三前首相の後を受けて前官房長官の菅義偉氏が首相に選出され、新たな内閣がスタートした。

 前政権の閣僚の多くを再任し、再入閣者もいる。実務型ともいえる顔ぶれだ。菅氏が強調する「改革」への意欲を示すと同時に、政権安定を重視する布陣といえる。

 ただ、清新さに欠ける印象は否めない。この政権で具体的に何をしたいのかが伝わってこない。

 自民党総裁選で支援を受けた党内派閥への配慮もうかがえるが、それ以上に、菅氏自身が首相としてどのような社会を目指しているのか、大きな世界観が語られていないためではないか。

 安倍路線の継承を前面に掲げているが、前政権には多くの「負の遺産」も指摘されている。そのまま全てを引き継いではなるまい。

 安倍政権をどう乗り越えるか-は菅政権に課せられた宿命といえる。世論に耳を傾け、現実をふまえた理念と方針を示し、国民目線に立った政権運営が求められる。

 まずは安倍政権の総括をするべきだろう。受け継ぐもの、改善すべきものを区別し、課題解決への見取り図を描き直す必要がある。

 本気度に偽りないか

 これまでの経済政策「アベノミクス」には、国民の間の格差を増幅させたとの批判がある。

 大規模な金融緩和と財政出動で株価や為替などの指標は好転した。前政権は多くの雇用を生んだと説明するが、非正規の数が急増、新型コロナウイルスの感染拡大で雇い止めや派遣切りが相次いだ。

 新政権は経済関係閣僚の多くを再任させた。政策を大きく変更しない姿勢をにじませたといえる。

 だが、景気悪化の中で菅氏が掲げた国家像「自助・共助・公助」は、当事者の自助を強調し、突き放しているかに見える。

 暮らしの安心なくして経済活性化はない。生活を守る方策の充実こそ政治の責任であることを忘れてはならない。

 社会保障の将来見通しを示すことも、安倍政権が積み残した課題だ。若年層も含めた全世代型社会保障の議論は、一部高齢者の医療費負担増など部分的手直しにとどまり、給付と負担の抜本的見直しにまで踏み込んでいない。

 世代間の公平を考えるには、少子化や雇用、財源など多くの問題を議論する必要がある。菅氏の言う「行政の縦割り排除」で取り組まねばならない。新政権の本気度に偽りがないかが試される。

 外交も難しい局面にある。ロシアとの北方領土交渉や北朝鮮による拉致問題解決は進展せず、韓国との関係も冷え込んだままだ。海洋進出への野心が露骨な中国への対応は一筋縄ではいかない。

 その中国と対立を深める米トランプ政権への依存が目立った安倍氏の手法を、外交や安全保障が不得手とされる菅氏が受け継ぐかどうかは不透明だ。外相、防衛相の役割がより重くなりそうだ。

 憲法について、菅氏は安倍氏が打ち出した9条への自衛隊明記など4項目の改正に意欲的だが、機が熟しているとは思えない。

 国民への説明尽くせ

 共同通信社の世論調査(8~9日)では、次期首相がアベノミクスや改憲を引き継ぐことに否定的な意見が、継承すべきとする声を大きく上回っている。国民の思いを見誤ってはならない。

 菅氏が掲げる「改革」の中身はイメージしにくい部分が多い。

 「デジタル庁」設置を掲げて担当相を設けたが、官庁にとどまらず、市民生活も含めた社会全体のデジタルシフトを加速させるような大胆な構想が必要ではないか。

 温暖化対策や核廃絶など地球規模の問題にいかに貢献できるかも問われているが、具体的な言及はない。主要国として国際的な責任があることを自覚するべきだ。

 気になるのは、国民への向き合い方だ。菅氏は官房長官時代の記者会見で、木で鼻をくくったような発言がしばしば目についた。

 総裁選の過程では、森友疑惑の再調査に否定的な見解を示し、首相の国会出席を制限すべきとも発言した。説明責任に後ろ向きとの印象を強めたのではないか。

 安倍政権の官邸主導は、官僚の過剰な忖度(そんたく)を生んだ。その中心にいた菅氏が国政トップに立ち、担当相を置いて行政改革を唱えることで、役所への統制がさらに強まることも懸念される。

 国会も自己改革必要

 こうした新政権の方針をチェックするのが国会の役割だが、巨大与党が支配する中、立法府は政権の追認機関のようになっている。

 コロナ禍で国民生活に関する審議が必要とされても、国会は6月中旬に閉じたまま開かれず、きのう始まった臨時国会も首相を指名して3日間で終わる。

 新政権発足と同時に野党の陣容も変わった。与野党ともに国会の役割を再考し、充実した議論が行われるよう自己改革してほしい。

 衆院議員の任期が残り約1年となり、早期の解散総選挙も取りざたされている。だが、喫緊の課題はコロナ対策だ。国民の暮らしを立て直すため、医療体制の充実や遅れが目立つ生活支援について徹底した論戦を交わすことが何より優先されなければならない。