女性社員の遺品にあった谷川俊太郎さんの詩集の一節には付箋が貼られていた

女性社員の遺品にあった谷川俊太郎さんの詩集の一節には付箋が貼られていた

 京都市伏見区の「京都アニメーション」第1スタジオの放火殺人事件の犠牲者に、詩を愛した女性社員がいる。遺品には谷川俊太郎さんの詩集があり、女性社員のきょうだいは、「あなたはそこに」という詩に付箋が貼られているのに気づいた。<ほんとうに出会った者に別れはこない あなたはまだそこにいる>。きょうだいによると、女性社員は事件前から不安を感じていたという。離別を思わせる一節を読む度に、きょうだいは強い後悔に襲われる。事件は18日で発生から1年2カ月を迎えた。

 女性社員は読書が好きで、事件後に部屋を整理すると100冊超の小説や詩集があった。幼い頃から物語を読み解く力に優れ、京アニの同僚からも、作品の世界観を考察する力が評価されていたと聞いた。きょうだいは「視点がユニークで誰と話すよりも面白かった」と振り返る。

 事件から1年以上がたった今もきょうだいは自責の念にさいなまれるという。

 捜査関係者によると、昨年7月の放火殺人事件の前から京アニには脅迫的なネット上の書き込みやメールなどが200件以上あり、京アニは京都府警に被害届を出していたとされる。

 きょうだいは数年前、女性社員から「会社が何者かに脅迫を受けている」と明かされたことがあった。驚いて尋ね返すと「何かあったら多分、命は助からない」と繰り返した。きょうだいは「会社に対策を強化してもらうよう言おうか」と話したが、実際には行動を起こさなかったという。脅迫との関連は不明だが、結果的に事件は起きた。

 事件後、「もし自分が何かをしていたら、犯行は防げなくとも被害は小さく済んだのではないか」という考えが頭を離れないという。

 今年2月、遺品の中から谷川さんの詩集を見つけた。死を連想させる詩に多くの付箋が置かれており、その一つが「あなたはそこに」の一節だった。

 <目をみはり私をみつめ くり返し私に語りかける>

 きょうだいは「なぜ私は死ななければならなかったの。どうすれば助かったの」と語りかけられている気がした。だからこそ「会社には脅迫の実態や防犯態勢を詳しく説明してほしい」と望む。それを知り、本人に伝えることが、今となっては家族がしてあげられるただ一つのことだと思うからだ。

 「あなたはそこに」は次の一節が続いていた。

 <あなたとの思い出が私を生かす>

 きょうだいが女性社員と最後に会ったのは去年の正月。一緒にパフェを食べ、「おいしい」と笑った顔が、昨日のことのようにまぶたに焼き付いているという。よく話し、互いに尊敬し合える存在だった。

 今はまだ女性社員の在りし日を思い出すのがつらく、遺影も片付けてしまった。「でも、再び遺影を飾り、会社の説明を報告できる日が来るまで、事件と向き合おうと思っている。もうこれ以上、後悔したくない」