きむら・れお 1975年生まれ。災害時の心理・行動、復旧過程、歴史災害教訓、被災者支援などを研究。名古屋大などを経て現職。著書に『戦争に隠された「震度7」』(吉川弘文館)など。

 第2次大戦の末期、敗色濃厚となった日本で、二つの大地震が発生した。終戦の約8カ月前、1944(昭和19)年12月7日の東南海地震、37日後の45(昭和20)年1月13日に発生した三河地震である。

 二つの地震の被害は、死者・行方不明者約3500人、住家・非住家全壊が約5万棟である。特に名古屋の重工業地帯の被害は甚大で、軍用機などの軍需生産力が低下し、日本の敗戦を早めたとも言われている。

 これらの地震は、軍部に「隠された」。敵国への被害状況流出と、国民の戦意喪失につながることを恐れたのである。翌日の新聞は「地震が起きたが被害はほとんどない」として、被害写真も一切報じなかった。

 戦時中の報道は、大本営発表をそのまま報道せざるをえず、すべての記事が検閲された。日本軍に不利になるもの、戦況に影響を与えるものについて報道が禁止された。

 戦時中の報道管制といえば、政治的・思想的内容の言論統制に焦点があてられがちだが、気象や災害の情報も軍事機密であった。明治時代に制定された軍機保護法が改定され、軍事上、秘密保護の必要がある地域での測量、気象観測、撮影等を制限・禁止し、取り締まり対象も民間人にも拡大されたのである。

 これが被災地外からの人的支援・物的支援を絶ち、余震など地震に関する情報不足による不適切な災害対応につながった。被災地では「地域全体で多くの死者が出ているのに、誰も何も支援に来なかった」「東南海地震で家が傾いた。修理をしようと自宅で寝泊まりした結果、三河地震で家屋が倒壊し、家族が亡くなった」という証言が多く残っている。

 2013(平成25)年。日本の安全保障に関する重要情報を「特定秘密」として保護する「特定秘密保護法」が成立した。特定秘密の漏えいを防止し、国と国民の安全を確保する目的がある一方で、「特定秘密」として指定された情報を取り扱う人を調査・管理し、外部に漏洩(ろうえい)する時には未遂・共謀・過失行為などもふくめて処罰されるとしている。

 もちろん現代日本社会は、民主的な国家、「第4の権力」としてのマスメディアの存在、多様性を許容する市民社会があり、戦時中の状況とは全く違うだろう。しかしコロナ禍での情報公開や対策の不透明性、マスクやトイレットペーパーの買い占めをいたずらにあおる報道、感情的に必要以上の自粛を求める市民の存在がクローズアップされている。

 私たちが問題解決のために必要な情報をどう蓄積して共有し、活用するべきか。考えねばならないことは山積している。(兵庫県立大環境人間学部教授)