「源氏物語」の作者は紫式部と誰もが知っているが、教科書に載るまで千年にわたる限りない人々の努力があった▼現代の源氏物語研究の基礎を築いた国文学者池田亀鑑は1932(昭和7)年、膨大な伝本を踏まえた源氏物語注釈の集大成を7年がかりで完成させた。だが記念展覧会も開きながら、自ら破棄し出版しなかった。新写本「大島本」が見つかったからだ▼大島本は伝来が確かで、ほぼ全巻そろった青表紙本。池田はこの本がより原典に近いと考え仕事をやり直し、20年以上かけて「源氏物語大成」を作り上げた。今も「研究者の良心」と評価されている▼古典文学は写本で読み継がれる。源氏物語も数々の異本の出現や誤りを修正する校訂作業が繰り返された。鎌倉時代に藤原定家が写した青表紙本が主流だが、池田は当初、大正期に評価された別系統の「河内本」を基にしていた▼大島本を含む青表紙本の原本、定家が写した「若紫」が見つかった。現時点で最も紫式部に近い時代の写本であり、定家の努力がなければ、物語が今に伝わったか分からない▼放っておけば失われる遺産を未来に伝えたい―。デジタル技術の登場でコピーは手軽になり、そんな思いは薄くなったように見える。現代の文化は残っていくのか。千年後をのぞいてみたい。