あおき・じゅん 1956年生まれ。建築家。磯崎新アトリエ勤務後に独立。青森県立美術館、ルイ・ヴィトン店舗を手掛けた。2019年4月、京都市京セラ美術館館長。著書に「原っぱと遊園地」。

 美術館はいま、世の中のほとんどのなりわいと同じく、新型コロナウイルス禍をうけて、苦しんでいます。入場者数がゼロの休館の時期もありました。開館できても、人数制限しなければ、安全な環境を確保できません。心理的にも、なるべくは出歩きたくはない、ということもあるでしょう。こうなると、多くの人々の来館を前提として計画されている美術館運営が苦しくなるのは、当然の成り行き。新型コロナウイルスは、人と物の行き来、またその増大への欲求によって、私たちのいまの世の中が成り立っていることを、私たちに改めて突きつけています。

 たしかに、行き過ぎ、という側面もありました。炎天下や雨天下に、列をつくっての長時間の入場待ち。ようやく入れても、押すな押すなの大混雑で、肝心の作品が人々の頭越しにかろうじて見えるかどうか。これでは、美術を愉(たの)しむどころではありません。にもかかわらず、そうした傾向を是とするところもあったことを、いまやゆったりと展示を見て回れる美術館で、遠い昔話のように思い出します。

 私たちはいま、少し立ち止まって、反省すべきところは反省し、これからの美術館のありかたについて、そもそも美術館はなんのためにあったのかというところから、考え直してみる必要があるのかもしれません。

 今年、通称を「京都市京セラ美術館」としてリニューアルオープンした京都市美術館は、「大礼記念京都美術館」として開館した時代まで遡(さかのぼ)ることができます。美術館構想に際しての経緯を辿(たど)っていくと、時の土岐嘉平京都市長の「時々展覧するにあらずして常設的のものとするつもりなり」という言葉が出てきます。

 1933年に開館した後の大森吉五郎市長も「京都へ行けばいつでも誰かの名作が見られるというようにしたいと思う」と発言しています。つまりこの美術館は、優れた作品を蒐集(しゅうしゅう)して、そのコレクションを見てもらうという、西欧における「ミュージアム」の、まさに定義通りの空間として構想されていたわけです。

 今回の美術館再生事業の目玉のひとつは、「コレクション・ルーム」をつくりだすことでした。原点に回帰するため、です。しかしそれと同時にいま、期せずして、コロナ後の美術館のありかたを見据えるものであった、とも考え直しているところです。

 美術館はいま、人々の生活のなかで、ほんとうになくてはならないことをやってきたのか、と反省しています。そしてその反省は、「美術」とはなにか、という大元にまで届けられなければならないと考えます。(京都市京セラ美術館館長)