9月21日 ムーン・リバーと私
 鴨川や桂川、琵琶湖に注ぐ川、旅先で…月が川面に映れば「ムーン・リバー」が脳内を流れます。映画「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘプバーンがギターを抱いて歌った。作曲家ヘンリー・マンシーニが声域の狭い彼女に合わせ作ったそう。数限りなく歌われていますが、彼の言では「オードリーのこれこそが最高」。同感です。歌詞の解釈は難しく「マイハックルベリーフレンド」はどう訳す? 聴くたび考えます。

9月22日 野口雨情の夕暮れ
 テレビの幼児番組ソノシート、保育園、母等々から教わった多くの童謡。その中で月の歌として思いつくのは「十五夜お月さん」「雨降りお月さん」「証城寺の狸囃子(たぬきばやし)」…あれあれどれも詩人・野口雨情の作品です。ほかに「あの町この町」「七つの子」「波浮(はぶ)の港」と、夕暮れ、秋の物寂しさが漂う歌が多い。私にはドボルザークの「家路」以上にそわそわ帰宅したくなる。遠き戦前に作られた歌が自分の内に生きている不思議。

9月23日 月影のナポリ
 どの国の言葉が好きかと言えば、私はイタリア。幼い頃は欧米の分類ができていなかったのですが、パスタの名前、西部劇やホラーの過剰なセリフ、そして「月影のナポリ」等のご機嫌ソングがイタリアなんだと後に知る。何度も耳にしたこの歌は本国ではミーナ、日本では森山加代子が1960年にカバーし大ヒット。原題は月光浴。月の光で白くなるなんて変な歌詞です。ナポリは出てこないが、ナポリタンを食べたくなります。

9月24日 今宵の月のように
 20年ほど前、雑誌「オリーブ」でエレファントカシマシの宮本浩次さんの連載コラムの担当をしていました。「命がけの散歩をしたことがあるか」「ボロボロになろうぜ」…。彼の歌そのもののような一本気で思い込みの激しい言葉が居並ぶ手書き原稿がファクスで届くのが楽しみでした。「今宵(こよい)の月のように」はそんな彼の代表歌の一つ。月を見て、俺もまたいつの日か輝くという詩。太陽ではなく月という非凡、みずみずしさよ。

9月25日 私を月に
 古代人でも現代人でも誰もが夢見る月世界。あそこで待つのはウサギ、カニ、かぐや姫、エイリアン? 恋する人は「連れてって」と無理を言う。「フライミートゥーザムーン」はそんな歌です。大勢に歌われていますが、私はジュリー・ロンドンの声が好み。最初の題は「イン・アザー・ワード=言い換えれば」だったそう。「木星や火星の春を見せて」と頼みつつ「言い換えればアイラブユーってことよ」という愛らしい詩です。

9月26日 ドビュッシーを弾く人
 町を散歩するとき、誰かのピアノ演奏が聞こえてくると得した気持ちになります。ショパン、モーツァルトもいいけれど、ドビュッシーなら(勝手ですが)なおうれしい。「月の光」は中でも聴く機会が多い曲。練習上の難易度は中級だそうですが、月光という繊細なものの表現は最上級の難しさではと素人は思う。散歩の道すがら、がんばって弾いているその家の誰かはきっと亜麻色の髪であろうと想像しています(勝手な妄想)。

9月27日 人工知能が歌う月
 コンピューターが家庭に必要不可欠の存在となり、話し言葉で頼みごとをしたり、ロボットと生活する人もいる時代。数年前の映画「her/世界でひとつの彼女」は人工知能とのアダルトな恋愛を描いた画期的な物語でした。人間に恋する彼女が歌う「ザ・ムーン・ソング」。地球ではない、2人きりでいられる静かな夢の場所としての月。「隠しごとのない」「暗くて明るい所」。現代人より普通で正統的な恋人像です。

 

~あなたの月の歌は?~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 オードリー・ヘプバーンが歌った「ムーン・リバー」はCDで持っていて、何回聴いてもその声に心奪われてしまうのですが、この歌は月に流れている川を描いたもの、なんて勝手に思っていました。月面には「静か」「晴れ」「豊か」といったすてきな名の海がいくつもあって、そのどれかに注ぐ川。歌詞にある「1マイルより広い」大河をオードリーが舟で渡る、そんなうっとりのシーンです。

 後年、この歌は作詞家ジョニー・マーサーの故郷、米国ジョージア州を流れる川がモデルとなっているということを知る。月がその川面に美しく映え、「いつの日か私は立派に渡る」という詩に結晶したそうですが、だとしても上記の月世界のオードリーのイメージはぼくの中ではいささかの揺らぎもありません。

 さて。この1週間の1面コラムは、中秋の名月に向け月の歌を挙げていこうと妙案を思いついたまではよかったのですが、7回分では全く足りないことに気付きました。7曲選んだうれしさよりも落としてしまった歌たちに申し訳ない。そんな後悔が残る。

 友人たちにも「あなたの月の歌は?」と聞いてみたところ、出るわ出るわ、あの歌この曲。「ムーンライト・セレナーデ」「月の沙漠(さばく)」「炭坑節」「月がとっても青いから」「月光(鬼束ちひろ)」「アポロ(ポルノグラフィティ)」「大利根(おおとね)月夜」…とやはり書き切れない。しかもそれぞれの思い、記憶、うんちくがたんとあることが分かりました。

 本項の挿絵担当、小池画伯にも聞いてみたら、「この夏の月の歌はaikoの『カブトムシ』」とのこと。そのあと解説がこう続く。こはくの ゆみ はり づきぃ↑ としゃくり上げ歌い上げる先に確かにピンと糸を張った月が見てる。恋に溺れる自分、ダイブする恋愛の風景。自粛期間のうちの小5男子が「なんだか切ない」と泣き顔で語り、今や親父(おやじ)と一緒に街を駆ける際の合唱曲になっております―。おお、それぞれに月の歌!

 月を思い、歌うと、心が澄む気がします。

 「月の引力が こんな大きな海をひっぱるほどなら 月夜には わたしたち すこしづつ かるいのかもしれない」。吉原幸子の詩「引き潮」の冒頭です。

 あなたの月の歌は何ですか?(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター