戦国期における乙訓地域の自治や物集女氏をテーマに行われた講演会(向日市寺戸町・市文化資料館)

戦国期における乙訓地域の自治や物集女氏をテーマに行われた講演会(向日市寺戸町・市文化資料館)

 戦国時代の乙訓・西岡(にしのおか)地域の自治をテーマにした講演会が27日、京都府向日市寺戸町の市文化資料館であった。講師の仁木宏・大阪市立大教授が、織田信長や明智光秀、細川藤孝といった戦国武将の登場によって、それまでの地元の武士集団による自治システムが失われていく過程を解説した。

 同資料館による3回シリーズの文化講演会の最終回で、市民約60人が参加した。

 「信長・光秀の時代と物集女氏」と題して講演した仁木さんは、大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」にちなんで、乙訓・西岡地域にやって来たのは、戦乱の苦しみを解放するとされる「麒麟」だったのか、と問題提起。同地域を治めていた武士集団「西岡衆」と、その中でも最有力だった物集女氏の歩みをたどりながら自説を展開した。

 現在の長岡京市内にあった勝龍寺城の城主となった藤孝について、仁木さんは「信長の権威を借りて西岡の支配を強化した」と論じ、「(盟友の)光秀とぐるだった可能性もある」と指摘した。藤孝による物集女宗入の謀殺については、「藤孝の個人的な恨みだったかもしれない」との見解も示した。

 西岡地域ではその後、国衆による自立的な自治が失われたことから、「この地域にやってきたのは『麒麟』ではなく、安定や秩序の『破壊者』だったとも言える」と述べ、「歴史は立ち位置で見え方が変わる」と強調した。