運転開始から50年を迎える新快速。車両は最新鋭の225系(大津市)

運転開始から50年を迎える新快速。車両は最新鋭の225系(大津市)

 京阪神や滋賀を特急並みの速さで結ぶJR西日本の「新快速」が、10月1日に運行開始50年を迎えた。私鉄との競争から誕生した新快速は、時代とともに進化しながら京阪神の通勤・通学に欠かせない看板列車に成長。沿線のまちづくりにも影響を与える存在となった。

 新快速は、人口増が見込まれる関西圏の近郊輸送強化を図る旧国鉄が、1970年10月に京都―西明石間の1日6往復で運行を始めた。同年の大阪万博で強化した輸送体制の活用という側面もあった。

 鉄道網が東京を中心に放射状に広がる関東と違い、関西では都市間を複数の鉄道が並走する。特に京阪神間は京阪電気鉄道や阪急電鉄、阪神電気鉄道としのぎを削る激戦区だったが、国鉄は当時、「首都圏の中古というイメージが定着した旧型車両、運賃の格差など、輸送サービス全体が私鉄と比べ低い」(JR西日本30年史)という状態。新快速は挽回の切り札だった。

 新快速や特急の運転士と車掌が所属する「みやこ列車区」(京都市南区)の高井照生区長は、84年に運転士として最初に乗務したのが京都―大阪の新快速だった。「当時最新鋭車両だった117系で運転しやすく、花形列車でやりがいがあった」と振り返る。