京都駅で行われた新快速下り1番列車の出発式(1970年10月1日、京都市下京区)

京都駅で行われた新快速下り1番列車の出発式(1970年10月1日、京都市下京区)

新快速50年の歴史

新快速50年の歴史

 87年の民営化後も新型車両を投入し、スピードアップを重ねた。2000年には現在の主力車両223系で統一され、終日最高時速130キロと特急並みの速さを実現。当時は京都―大阪42・8キロを最速27分で結び、競合の私鉄を圧倒した。

 一方、速さの追求と過密な列車運行はひずみを生んだ。乗客106人が死亡した05年の尼崎脱線事故は、余裕のないダイヤが一因とされ、翌年には新快速も実態に合わせ所要時間を伸ばした。高井区長は「国鉄時代に比べて乗り入れや接続が複雑化して本数も増え、運行時に気をつけなければならない点が多い。ダイヤが見直され、定時運行と安全のバランスがとれるようになった」と話す。

 現在、新快速の運転区間は敦賀(福井県敦賀市)や播州赤穂(兵庫県赤穂市)まで拡大し、京都―大阪間は1日140本超が行き来する。昨年には高齢化や人口減少を見据えた試みとして、私鉄で先行していた有料座席「Aシート」を一部列車に導入した。

 JR西は線路保守に従事する作業員の休み確保に向け、来春、関西の主要鉄道に先駆けて終電の繰り上げに踏み切る。新型コロナウイルス感染症の流行で一時激減した需要も完全回復には遠く、半世紀にわたり旅客輸送の速さと量を追い求めてきた新快速の役割は、転機に差し掛かっている。