イラスト・冨田望由

イラスト・冨田望由

<いきものたちのりくつ 中田兼介>

 ミスジチョウチョウウオはサンゴ礁にすむ一夫一妻の魚です。なわばりを作って暮らし、他の魚がエサを食べようと侵入してくると、体を前に傾け尾びれを上げた姿勢を取り、争いをはじめます。ところが不思議なことに、この行動は夫婦の間でも見られます。ペアの片方が離れたところから戻ってくると、迎える相手が尾びれを上げます。あいさつだと言われていますが、ちょっと不思議です。そもそもあいさつとは何のことでしょう?

 帝京科学大の藪田慎司さんは、これは相手に「ちょっと待て!」と伝えるものだと考えています。誰かが近づいてくるのは危険な状況です。侵入者ならもちろん、連れ合いであっても間違ってかイライラしてかで、攻撃してくるかも知れません。この危機に対処するには相手の素性や意図を知ることが不可欠です。が、魚は体が薄い生き物です。前から見える部分は小さくて、近づいてくる相手を知る手がかりはあまりありません。なのに、相手はどんどん近づいてくる。気の小さな私なら、先手を打って攻撃したくなる状況ですが、ここで「待て」と伝えて、相手を確認する時間を稼ぐことは有益です。

 相手が侵入者ならどうでしょう? 時間稼ぎをさせてくれず、逆により危険にさらされるでしょうか? ですが侵入者もケンカしたいわけではありません。互いの実力差がわかって弱いほうが降参すれば、ケンカを避けられます。ですから時間稼ぎはやっぱり得なのです。かくして侵入者も尾びれを上げて対応し、最悪の事態は回避されます。

 ということで、危機に際して相手に「待て!」と伝えることは、状況をケンカに発展させないうえで大事です。あいさつの真のやくわりはそういうものなのかも知れません。(京都女子大教授)

◆中田兼介 なかた・けんすけ 1967年大阪府生まれ。京都大大学院で博士号取得。著書に「クモのイト」「びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑」など。「図解 なんかへんな生きもの」を監修。