カーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』は、1940年に書かれた小説だ。マッカラーズはアメリカ南部の小さな町で生まれ育ち、音楽家になることを目指していた。この小説には特定の主人公はおらず、2人の聾唖(ろうあ)者、黒人医師とその娘、カフェの店主、革命をめざす旅人、そして子どもの頃の作者の分身ともいえる、音楽に魅了される少女らの物語がひとつの町を舞台にして視点を切り替えながら語られる。

 この小説には黒人に対する人種差別、資本主義が持つ危険性など80年以上も前の物語とは思えないほど、僕たちが生きる今と変わらないような問題が主題に近いところに置かれていて、読んでいて古く感じることがない。それは翻訳を担当した村上春樹のペンによるものと思うけれど、言い換えると、この世界に転がる問題は長い年月を経てもいまだに解決していない、ということでもある。

 もうひとつ、この小説の中には今なお、僕たちが共感をもって受け止められることがある。それは子どもと大人の間の季節に現れる内側の部屋だ。少女はその中で音楽を聴き、自分を守る。それはいつまでも側(そば)にあるものではない。この小説が今も読者の胸を打つのは、いくつもの大切なことを見逃さずに描いているからなのだと思う。