9月28日 つきよのキャベツくん
 子どもに多くの絵本に触れてもらいたいのは、そこに自由とデタラメの風が吹き、豊かな体験ができるから。この素晴らしき人間界にようこそ! と歓迎したいから。知識も社会性も競争も忖度(そんたく)も不要。まずはおなかを抱えて笑うこと。長新太の「つきよのキャベツくん」は最高ですよね。ブタ鼻のトンカツが歩き、ソースが走ってきて、三日月が食べて満月に…なんて。でもちゃんと叙情がある。これでいいのだ。これが良いのだ。

9月29日 紙の月
 ペーパー・ムーンは、アメリカの観光地や遊園地、サーカスにある紙と板でできた三日月。そこに座って記念写真を撮るのが昔の庶民のささやかな憩いだった。それを知ったのは、1973年のノスタルジックな映画から。9歳のテータム・オニールがかわいげのない不機嫌な少女をかわいく演じた。身よりのない子がいつか誰かと一緒にあの月に、と願う。月には三日月のような唯一無二、独特の形状があるから傑作が生まれます。

9月30日 月と正義の味方
 月光と聞いて思うのは音楽でも絵でもなく昔のテレビ「忍者部隊月光」です(もっと昔なら「月光仮面」か)。少年はシュッと言いつつ棒切れ持って走っていたもの。子どもと月は親和性高く、剣を持てば円月殺法、バットを持てば円月打法で、「E.T.」では自転車で満月の空に飛ぶ。ヒロインものもありますよ。「美少女戦士セーラームーン」。月に代わっておしおきする子は月野うさぎ。戦う美少女アニメの原点の一つです。

10月1日 夕月かかれば
 あの月を取ってくれ、なんて父親に甘えたことはありません。高度経済成長期に働き盛りだった父はあまり家におらず、記憶は数えるほどしかない。だから鮮明に残っているとも言える。月の出は毎日約50分ずつ遅くなる、なんてことをぽつりと教えてくれたのは父でした。秋祭りの帰り道だったかな。今も帰郷し、東の空に夕月がかかると父といた時間を思い出す。「ふしぎ也生(なりうまれ)た家でけふの月」(小林一茶)。本日は中秋の名月。

10月2日 賢治の月
 個人的な印象ですが、宮沢賢治の童話は澄んだ天にかかった青い月のよう。鮮やかなイメージで幼い日から胸にずっとかかったまま。「ドッテテドッテテ」「キックキックトントン」「カンカラカンのカアン」…音楽も高く響き続ける。実際に月が出る作品も多いのです。こんな短歌を見つけましたよ。「いざよひの月はつめたきくだものの匂(におい)をはなちあらはれにけり」。絵も温度もにおいもある、天才が三十一文字で描く秋の衛星。

10月3日 月面探査記
 子どもが最初に触れる空想科学は昔なら「鉄腕アトム」、この数十年は「ドラえもん」かな。子どもの「もしも」の夢がSFの基本。昨年公開の「のび太の月面探査記」は39作目にして初の月が舞台の映画。ドラえもんファンとして名高い作家・辻村深月が脚本、小説も書き、大人の私もわくわく、そして泣かされた。月なので秋の話、ちゃんとウサギ王国がある。謎と誘惑に満ちた月世界描写は見事。あ、著者の名前にも月の字が!

10月4日 月を見つけて
 若者は月なんか見ていない。私もそうでした。映画「スター・ウォーズ」で月が2個出たり、狼男(おおかみおとこ)が月夜に変身すると、おおと反応するものの、われらが衛星のやせ太りに興味はない。街は明るく、ビルは空をさえぎり、捕捉も難しいし。月が気になるのは恋が始まるとき。「月を見つけて月いいよねと君が言う ぼくはこっちだからじゃあまたね」(永井祐)。現代っ子のすれちがいの短歌かな。「君」に少し同情します。

 

~ 月見で一杯!~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 「スリジャヤワルダナプラコッテ!」

 7歳の息子が、商店街で突然口にしました。何人かが「ん?」と振り返る。

 彼は最近世界の首都を、「しゅと」の意味のわからぬまま覚え始めているのですが、「スリジャヤ…」はそのとき父と交わしていた映画「ドラえもん のび太の月面探査記」の話とは全く脈絡がないスリランカの首都名です(昔はコロンボだったのに、おいそれとは覚えられぬ名前になってしまったなあ)。

 また別の場所では、急に「ヒグチイチヨー!」。こちらは姉によると先日見たテレビ「東大王」のクイズの解答の一つとか。これはほかに「マゼラン!」や「サラエボじけん!」というパターンも。少年の脳内はただただ言葉が忙しく旋回しているようです。

 まあこの辺の用語は、アカデミック風なので、人混みの中でもさほど問題はない。

 「ソルジェントこうせん!」。ウルトラマンダイナの必殺技。取ったポーズを見ると初代のスペシウム光線と同じだな。こちらもまあ小2だし、叫んでもご寛恕(かんじょ)いただけよう。

 が、しかし。先日は電車の中でこう言ったのです。「ツキミでイッパイ!」

 わあ、これは恥ずかしい。ときどき父とやっている花札の役の一つです。月見で一杯は、8月札の「ススキに月」と9月札の「菊に盃(さかずき)」の取り合わせ。2枚なのでそろえやすい。ほかの乗客がくすくす笑った(気がする)。「そやなあ、もうすぐ中秋の名月やなあ」と、聞こえるくらいの声で話をぼやかす父。

 花札の色鮮やかで怪しげな世界を(父もそうでしたが)息子は大好きで、特に真ん丸の月や、鳥獣昆虫の出てくる札を好む。でも役の話、お酒混じりの話は子どもとあまり外でしたくはないものである。この先ひょっとして「イノシカチョー!」などと欲張ってきたらいやだなあとどきどきしましたが、話題はすぐにホオジロザメの話に移って、ほっ。

 目的の駅が近づき、さあさあとドアに追い立てる。と、息子は振り返って叫んだ。

 「父さん、バロクのテシチだよね!」

 場六の手七。3人のときの花札の配り方です。2人なら場八の手十だよとか教えた。うひゃあ恥ズイ。焦る父親の前で扉がガシュッと開き、秋の風が流れ込む。

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター