ざらついた土の質感、表情に富む焼き色。信楽焼の焼締(やきしめ)陶器は素朴で親しみ深い。特別展「奇跡の土」が3日、甲賀市の県立陶芸の森で開幕し、室町時代から現代に至る作品が並んだ▼琵琶湖の恵みは水だけでない。奇跡の土をもたらした。400万年前に三重・上野盆地に生まれた湖は消えたり復活したりして北へ移動し、今の場所に収まった。湖が通った跡の地層にあるのが、やきものに適した粘性の強い土だ▼そんな近江には近世以降、湖南焼や石部焼、小富士焼、姥(うば)が餅(もち)焼など多くの窯が生まれては消滅した。中でも幻と言われているのが、湖東焼だ▼彦根城下で商人の絹屋半兵衛らが開窯。後に彦根藩に召し上げられた。信楽焼と対照的に白く締まった磁土に赤絵金彩や金襴手(きんらんで)が施された繊細優美な作品は、全国から集められた優れた陶工の手による。熊本の天草石のほか、信楽の土も使われたという▼特に情熱を注いだ井伊直弼が桜田門外の変で暗殺された2年後、窯の火は消えた。一度は再興されたが、明治期に廃窯。前後の民窯期を含めてわずか67年の歴史だった▼湖東焼展が愛荘町立歴史文化博物館で今月18日まで開催中で、彦根城博物館も23日から独自の展覧会を始める。やきものを通して人と時代と地球の営みが与えた土の形を堪能したい。