夏目漱石は1907(明治40)年に京都を訪れ、亀岡から嵐山まで保津川を船で下った。「舟は砕ける程の勢いに、波を呑(の)む岩の太腹に潜り込む」。体験を基に「虞美人草(ぐびじんそう)」を臨場感たっぷりに書いた▼「櫂(かい)を動かし来り、棹(さお)を繰り去る」船頭は現在約100人。屈強でサービス精神あふれる男たちだ。運航を担う保津川遊船企業組合は、激しい労使闘争の末、船頭たち自らが大阪万博の開幕直前に設立した。今年で50年を迎えた▼丹波と都の物流を支えてきた保津川は、漱石のころから遊船にも利用され始めた。並走してトロッコ列車が開業すると、観光コースとしてさらに人気が高まる。近年は訪日客の増加で、乗客全員が外国人という船もあったそうだ▼今年はせっかくの節目がコロナ禍に見舞われ、2カ月近い運休を余儀なくされた。地元や近場から客足が戻りつつあるが、団体や外国人はしばらく難しそうだ▼「自然の美、水運の歴史、それに操船技術。こんな時こそ先人から受け継いだ魅力を根幹に伝えていきたい」と豊田知八代表理事(54)は力を込める▼全国各地に川下りあれど、延長16キロの迫力は屈指だ。紅葉も近い。漱石の文庫本を手に訪れれば、今も人力が全ての船頭の技に感嘆する。不屈の「川根性」でコロナ後を乗り切っていくだろう。