終戦直後、無役だった吉田茂元首相は、東久邇宮内閣の国務大臣を務めていた近衛文麿に誘われ、久しぶりに食事を共にした。酒杯を重ね、帰ろうとすると、足元がおぼつかない▼新橋から列車に乗り込んだが、気が付くと自宅のある大磯ではなく、その先の熱海にいた。駅の待合室で、一夜を過ごすことになってしまった。「不覚酒に酔って乗り越し」という題の逸話が残る▼終戦の解放感で、酔いが回ったのだろう。見方を変えると、列車が目的地まで、ちゃんと運行していたから起きた事態ともいえる。この乗り越しリスクは、その後、鉄道網が充実し、スピードアップするのに従って増していく▼JR西日本の「新快速」が走りだして、50年が経過した。特に旧国鉄から民営化されて、高速化が進んだ。京都-大阪間を最短27分で結んだ時は、並走する他社を驚かせた▼当初は京都-西明石間を往復したが、草津から敦賀にかけて順次、運行する範囲を広げ、沿線のまちづくりに貢献した。今後も安全を第一に、関西の主要列車であり続けてほしい▼とはいえ、大阪から新快速に乗り、京都で降りるはずが、野洲などに着くかもしれない。タクシーを呼ぶと、大変な出費になる。その際は吉田の逸話を思い出し、友人と遅くまで語らえた、と考えておこう。