進駐軍の日系アメリカ情報兵と共楽公園の桜の秘話をたどった本「舞鶴に散る桜」

進駐軍の日系アメリカ情報兵と共楽公園の桜の秘話をたどった本「舞鶴に散る桜」

共楽公園に建立されているアロハ桜の記念碑(京都府舞鶴市余部上)

共楽公園に建立されているアロハ桜の記念碑(京都府舞鶴市余部上)

 京都府舞鶴市余部上の共楽公園に咲く桜は、戦後、進駐軍の日系2世のアメリカ情報兵が贈ったものだった―。

 贈り主の米兵を広島県呉市出身のノンフィクション作家細川呉港さん(75)が追いかけて、「舞鶴に散る桜」のタイトルで8月に出版した。米兵がハワイ出身だったと伝わる地元では「アロハ桜」の愛称で親しまれており、舞鶴での進駐軍の活動や日系人が体験した太平洋戦争の秘話も描かれている。

 本によると、桜の贈り主はフジオ高木さん(1918~2004年)で、旧ソ連の影響を受けたシベリア抑留者の思想調査などを舞鶴市で行った米軍対敵防諜部隊(CIC)に勤務していた。敗戦で荒廃した町や人々の心を癒やせないかと苗木を大阪で購入したが、舞鶴に届いた時には転属となり、苗木を託された日系の米兵らが1949年ごろ、同公園に約70本を植樹したという。

 細川さんは家族や関係者の証言、手記をもとに高木さんの生涯を追跡。高木さんはハワイで生まれ、1941年には日本軍による真珠湾攻撃を体験。戦場での日本軍捕虜の尋問や軍事書類の翻訳、無線の傍受にあたる米軍の情報部隊で活動した。朝鮮戦争やベトナム戦争にも従軍したという。

 桜を植えた人が誰かは長年分からなかったが、市民が1973年に公園に記念碑を建立。戦後50年が過ぎた1991年ごろから高木さんは桜について語るようになり、1994年には舞鶴市を訪れた。高木さんは舞鶴市の女性と結婚しており、米兵と結婚してハワイに移住した他の女性も紹介され、舞鶴と進駐軍とのつながりも知ることができる。

 細川さんは「日系人はハワイで日本は立派な国だと教えられ、敗戦後の殺伐した日本に複雑な思いを抱いたと思う。当時は花見どころではなく、20、30年後を見越して桜を植えた。その思いを広く知ってほしいし、桜を植え継いでほしい」と話している。
 飛鳥新社刊で348ページ、2千円。