1966年生まれ。アフリカ・マリ出身。京都大で建築計画を学ぶ。著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』『アフリカ出身サコ学長、日本を語る』。2018年4月から現職。

 私は人生の半分以上を、この京都の地で過ごしている。本来なら、私の行動規範、物事の見方には京文化の影響が見られてもおかしくないはず。また、他人と関わる際、京都的な遠回しな言い方が出てもおかしくないはず。残念ながら自覚している限りそのようなことはない。京都に住みながら、京文化に染まっていないと感じるのはなぜか?

 文化にはさまざまな捉え方、見方と定義がある。最も古いエドワード・B・タイラーによると「文化または文明とは知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣習など、人間が社会の成員として獲得したあらゆる能力や習慣の複合的総体」と定義される。

 文化は、ある土地に居住する社会または集団の構成員のさまざまな行動規範を決め、生活の知恵となり、その社会の中にいると無意識に学習し、身体化するものである。

 京都でしばしば文化の修飾語とされる「伝統」は、人々の手で作られ次の世代に受け継がれるから、文化は時代、集団、世代に複数存在して「正統派」はないはず。京文化とは私を含む京都に住む全ての人々が意識的か無意識的に創作し、さまざまな時代と社会構造の変化に合わせて生き続けてきたものであると思う。

 京都には、毎年一定数の新入生や研究者が流入。新しい価値観で行動して京文化に新しい風をもたらす。流動的な京都のコミュニティーの構成員は、既存の地縁的、社会的コミュニティーとは別に文化の規範(サブカルチャー)を創作している。

 長年京都に住む私は「京都人」なのか。京都に住むと、次のような悩みが絶えない。誰が「京都人」で、誰は「京都人」でないか? いつから「京都人」で、いつまでは「京都人」でないか? 京都が意識的に多様化しない原因はここにある。

 その私が京都以外で話すと「京都弁ですね」「京都人のイケズが出ているね」と言われることがある。話した内容と意味を振り返ると、そう言われてもしかたない表現がある。

 私は無意識のうちに京都的な行動をしているのだ。一定期間過ごした土地の文化は、無意識に身体化される。京都も例外ではない。京都に関わる全ての人が「京都人」のはず。

 無意識の中にある京都の文化風景は京都を訪れる国内外の人々の中にもあり、無意識に身体化されて伝わっていく。この結果、京都を訪れたい人が増える。京都精華大は、京文化を意識的かつ自覚的に伝えるカリキュラムを設けている。同時に国内外から入学する学生に学習経験の場を提供することで、京文化を無意識に身体化し、広めることに貢献をしているのかもしれない。(京都精華大学長)