ベートーベンの「第九」は大合唱の「歓喜よ!」で胸を熱くさせるが、それが「自由よ!」に変えて歌われた。東西冷戦の壁崩壊直後、ベルリンでのコンサートだ▼翌1990年10月にドイツが統一。30周年を機にコンサートのDVDが再発売されている。さて誰が歌詞を変えたのか。タクトを振ったレナード・バーンスタインだ▼この巨匠はナチスドイツに迫害されたユダヤ人の流れをくむ米国人。オーケストラや合唱団、独唱歌手は当時の西独のほか東独、ソ連、米国、英国、フランスから集まった。先の大戦や冷戦で敵対した国々だ▼統一ドイツがめざす多国間主義の原点を見る思いだ。30年前をふり返って、ドイツの外相は「旧連合国や近隣諸国のおかげ」と言っている。信頼と連携、協力を基本原則として欧州連合(EU)の理念を支えてもきた▼ところが欧州では排外主義が広まり、社会の分断が進む。国際社会も自国第一主義や米中対立で「新冷戦」の様相だ。見えない壁が再び現れてきている。長らく分断に苦しんだドイツだからこそ、現代の危機に積極的に警告を発していいはずだ▼「ああ友よ、このような音ではない!」。第九は、分断されたものが再び結びつけられる歓喜を歌い上げる。あのコンサートを実現させた願いを思い起こしたい。