3歳ほどで体験した1970年大阪万博の唯一の記憶は迷子ワッペンだ。星やチューリップの絵が、傾けると別の絵に見える特殊な印刷が不思議だった▼6桁の番号が印字してあり、当時最先端のコンピューターとテレビ電話を駆使して迷子を捜したという。会期中の迷子は4万8千人超。その後の愛知万博も迷子ワッペンを採用していた▼思い出は十人十色。月の石や太陽の塔が大阪万博の全てではない。では万国博覧会とは何だろう。約30人の研究者が10年間にわたって研究会を重ね「万博学」(思文閣出版)と題した本をまとめた▼「万博という、世界を把握する方法」と、副題にある。大国による商品見本市から国際協調をうたう文化的な催事に姿を変えていった万博史の中で大阪万博を捉え直した▼政財界に先んじ、京都で学者や作家らが勝手連的に立ち上げた「万国博を考える会」にもページを割いた。個々人の熱意で統一テーマの「人類の進歩と調和」や基本理念を練り上げ、政府や万博準備委を巻き込んでいった経過を読み進めると痛快な気分になる▼12月12、13日、学際研究「万博学」を京都から発信するシンポジウムが京都大である。社会の急激な変化に発想の転換を迫られる5年後の大阪・関西万博。学問の世界からこそ展望を示せないか。