内閣と自民党による故中曽根康弘元首相の合同葬に合わせ、文部科学省が全国の国立大などに、弔旗の掲揚や黙とうを求める通知を出していたことが分かった。

 弔意表明は、政府が閣議了解を経て関係機関への要望を決定した。

 加藤勝信官房長官は15日の記者会見で、「教育の中立性は侵さない」「関係機関で自主的に判断される」などと述べ、強制ではなく問題はないとの認識を示している。

 だが、思想信条の自由を重んじる学問の府への圧力だと受け取られても仕方がないのでないか。

 加藤長官名で萩生田光一文科相に宛てた周知依頼の文書には、明治天皇が死去した際の弔旗掲揚の方法なども具体的に例示されていた。

 公人のトップたる元首相の葬儀とはいえ、弔意の表し方まで細かく示して求める政府の対応はやり過ぎだと言わざるを得ない。

 文科省が「趣旨に沿ってよろしくお取り計らいください」などと国立大に加藤長官名の文書を出したのは13日付。都道府県教委にも「参考までにお知らせします」として文書を送付していた。

 同省などによると、同様の通知は今回だけではない。近年では、2000年の小渕恵三、06年の橋本龍太郎両元首相の合同葬時などでも、同じく閣議了解を経て弔意を求める通知を国立大などに出していた。

 強制ではないと言われても、通知に従わなければ研究費の予算配分などで不利になると考える大学もあるだろう。そもそも、自主判断でよければ通知の必要性もないのではないか。

 通知内容に関して、各大学の教員から「根拠があまりに不明確だ」「政府の方針に従えという意志の表れではないか」などの批判が相次いでいるのは、当然の反応だろう。

 葬儀の在り方についても国民の厳しい視線が向けられている。中曽根元首相の合同葬の費用は国と自民党が折半し、総額は2億円近い。新型コロナウイルス対策で国の財政事情が切迫している折、政府は20年度予算の予備費から約9600万円を計上し、「高額すぎる」との声も聞かれる。

 日本学術会議の新会員の任命拒否についても、政治介入ではないか、との批判が多く出ている。

 弔意の表明は本来、個人の意思に委ねられるべきものだ。教育研究の現場が不信感を抱くことがないよう、政府は留意すべきだ。