一貫斎が残した反射望遠鏡の接眼鏡筒(長浜市国友町)

一貫斎が残した反射望遠鏡の接眼鏡筒(長浜市国友町)

太陽を実視観測するため色付きのガラスを磨いた出来栄えの良さを「極妙」と記した砥石の側面

太陽を実視観測するため色付きのガラスを磨いた出来栄えの良さを「極妙」と記した砥石の側面

 滋賀県長浜市は16日、同市国友町出身で江戸時代後期に活躍した科学者で鉄砲鍛冶の国友一貫斎(1778~1840年)が、反射望遠鏡の製作時に加工途中だったレンズ止め、レンズの研磨台、砥石(といし)の製作道具など計104点が見つかったと発表した。望遠鏡を製作する過程の道具や部品がまとまって発見されるのはまれで、市歴史遺産課は「一貫斎がどのように試行錯誤や苦労を重ねて日本初の反射望遠鏡を完成させたかが分かる点で貴重」としている。

 市によると、見つかったのは反射望遠鏡の接眼鏡筒、レンズ、望遠鏡の鏡筒内部に取り付ける副鏡とその台、主鏡などの加工途中品など多岐にわたるという。このうち、接眼鏡関係や砥石など40点については希少な残存例として、科学技術上の価値が新たに認められた。

 今回、望遠鏡の本体関連で9点発見された主鏡の一つは直径6・3センチ。青銅製の主鏡に取り付けられた真ちゅう製の板に本人の銘「国友眠龍造之」の陰刻がある。製作道具関連の砥石(横9センチ、奥行き8センチ、幅3・7センチ)は素材を研いだ表面が当時のまま残る。側面には、太陽を実視観測するため色付きのガラスを磨いた出来栄えの良さを「極妙」と記している。

 科学技術史に詳しい国立科学博物館の鈴木一義産業技術史情報センター長は「反射望遠鏡のような資料について加工途中品や製作道具が残存している例はほとんどなく大発見といえる。今後研究を深めることで一貫斎がいかにして望遠鏡を製作したかが解明されるだろう」としている。

 市は19年から2カ年にわたり、文化庁の補助で国友一貫斎の生家に残る資料を調べている。