新型コロナウイルスの流行で、感染に関する情報が一人歩きする怖さを感じた人もいるだろう。

 根拠のないうわさが会員制交流サイト(SNS)で拡散し、感染者や勤務先などへの嫌がらせが相次いだ。休業要請に従わない店舗を攻撃する動きもあった。

 見えないウイルスへの恐れが感染への危機感をあおり、人間関係や社会を分断する動きにつながったように思える。

 ネットを通じて、誰もが意見や考えを発信できる。こういう時代に、私たち新聞は情報の送り手として何が求められているのか。

 あふれる情報の真偽を見極め、正確に報じる責任が、ますます重要になっていることを痛感する。

 新聞の責務の一つとされる権力の監視も、こうしたメディアの現状を抜きには語れない。

 日本学術会議の新会員問題で、私たちは菅義偉政権に任命拒否の理由を説明するよう求めている。

 だが、ネット上では学術会議の運営に対する批判も目に付き、論点はかみ合っていない。

 政権を批判する側と擁護する側で主張が交わらないのは、世界的な現象でもある。トランプ米大統領は辛口のメディアを「フェイクニュース」と決めつけている。

 政治家が自らに賛意を示すSNSの声を背景に、批判を意に介さず、権力にものを言わせて突き進む-。そんな傾向がうかがえる。反対論にも耳を傾ける民主主義の価値観が崩れかねない状況だ。

 「エコーチェンバー」という現象が指摘されている。閉鎖空間で反響音を聞き続けるのと同様、ネット上で自分と同じ考えばかりを見聞きするうち、その主張だけが正しいと思い込むことだ。

 違う考え方をする人と意思疎通しなくなり、他人に対して攻撃的になる恐れがあると懸念される。社会の危うさは拡大しよう。

 だからこそ、事実に基づく報道や、多角的な観点からの論評がますます求められるように思う。

 新聞記事は多くの記者、デスクがチェックする。社説も、論説委員たちが議論を重ねている。

 新聞人が知恵を出しあい、ニュースや出来事への「目利き力」を向上させる。その結果得られた多様な見方・考え方のヒントを、読者のみなさんに伝えたい。

 「新聞週間」が15日から始まった。今年の代表標語は「危機のとき 確かな情報 頼れる新聞」。

 独善に陥らぬよう自戒しつつ、しっかりした取材と的確な論評を心がけ、期待に応えたい。