10月13日 ぎゅうまつ
 
老母に秋の味覚は?と聞けば「ぎゅうまつ」との答え。何だそれ? 「牛に松。マツタケ入りのすき焼や」ですって。東近江、地元の言い方かな。近江牛にマツタケ、そらええやろ。昔は山でけっこう採れて、そんなに貴重な食材ではなかったそう。私も幼い頃、家族と裏山を探索、「まずアカマツを探せ」との父の号令下、1本を発見。小さかったけれど、あの香気は生涯、鼻腔(びくう)に残る。「土の香や松茸(まつたけ)山の通り雨」(高浜虚子)

10月14日 マイタケに舞う
 北海道の友人から突然大箱が届き、中から立派な天然マイタケが。台所が秋の森の匂いで満ちました。うわーいと跳び上がる妻と娘、つられて息子もぴょん。「舞茸(まいたけ)」なる語の由来は諸説ありますが、出合った喜びで舞っちゃうからという説を支持したい。友人は20年前に大物を見つけたカシワの木の下を久々にのぞいてみたら、これがあったそう。ドラマを伴う魅惑のキノコです。「舞茸をかかへて転げ落ちたると」(矢島渚男)

10月15日 黒豆の枝豆
 黒豆の枝豆という秋のぜいたくな食べ物があること。東京にいる頃は知りませんでした。枝豆は夏のものかと思っていた。こちらは今が旬。京都に住み始めて誘われるまま、とある農家へ。山あいの冷涼な気候下、広い畑に鈴なりに実った黒豆を収穫させていただく。即座に塩ゆで。大粒でほくほく甘く、上等のクリのごとき食感に感動しました。うす緑にほんのり混じる黒を見れば、まもなく冬かあと、今では毎年身構えるのです。

10月16日 柿を採る
 生家には柿の木が何本もある。たわわに実る年とそうでない年があり、不思議なことに地域全体が同一なのです。当たり年、青空に映えるだいだい色、粒々の鮮やかさよ。収穫はやぶから切ってきた長い竹をさおにし、その先を二股に割き、ここで実のついた小枝をはさんで折る。失敗すると地面に落下、つぶれるため、1人が野球のフライを捕球するように身構えています。落ちた! キャッチ、アウト。というかセーフです。

10月17日 病室でアジを焼く
 私は1957年10月生まれで、敗戦から12年の年。それ以前、地域では自宅出産が普通だったそうですが、私は町の病院で生まれました。「そのとき病室で煮炊きしてたんやで」という母の証言に驚いた。祖母が七輪(しちりん)を持ち込みご飯を炊き、秋アジを焼いてくれた。急には絵が浮かばない。寛容というより、まだぎりぎりの暮らしで互いに許し合っていたのかな。秋冬、七輪は大活躍。サケ、サンマ、アユ…。何尾焼かれたことでしょう。

10月18日 うれしい夜食
 夜食というのはその言葉だけで胸にぽっと灯のともる温かさがあります。中間や期末試験、受験勉強…と学生を脅かすのが2学期、秋というもの。体育祭、文化祭など大事な行事も多く、はかどらぬ作業は深夜まで。そんな時間、肌寒い夜長の部屋に届く家人のおにぎりやラーメンのありがたさよ。大人になった今でもそうだな。でもね、食べるとまず眠くなるので要注意! 「夜食してあたま濁ってしまひけり」(梅本豹太)

 

~柿の木が見ていた~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 生家には柿の木が何本かあって、子どもの頃からずっと眺めてきました。戦前からあったという木々。ぼくや澤田一族のほうが見られてきたというべきでしょう。

 冬には骨だけのような体。枯れ木みたいな幹や枝が、早い春に芽吹き始め、夏には驚くほど鮮やかな緑を身にまといます。大きな葉っぱには毎年イラガの幼虫がつき、こいつのトゲに刺されると電気ショックのような激痛。洗濯ものに混じっていたりして、何度泣かされたことか。

 かわいらしい柿の実。初夏にぷくっと膨らんだうす緑色の丸い粒々が、日差しを浴びてぐんぐん大きく育ち、秋の到来とともに色づく。台風の季節。強風のたびにぼたぼた落ち、地面で熟れて臭いが立ち、アリやハチがたかる。葉や折れた枝もたくさん落ちて、木の下は屋根も大地もどこもひどいありさま。ちょうど今の季節です。わが生家は思いっきり、スッキリしない光景と化します。

 柿をもぐのは主に子どもの役で、1面コラムでも書いたように、竹ざおで収穫していました。兄が直接登って取り、投げつけてきたこともあった。頭に当たり泣いた記憶も。猿蟹(さるかに)合戦か。柿を巡っては晩夏から晩秋にかけて、こんな風に大騒ぎの印象があります。

 家では「寺柿」と呼んでいましたが、本当は何と言う名か知りません。味は自慢したいくらいのおいしさ。3割くらいの確率で渋柿があり、間違って頬張ると口の中がガワガワになった。渋柿は皮をむいて西の縁側にずらりとぶら下げました。数十日後にはすごく甘くなっているという不思議よ!

 東京の大学に行ってからは母が何十個も箱づめにして下宿に送ってくれました。「がんばれ」的な手紙は適当に読み飛ばし、むさぼり食ったものです。階下の大家さんにおすそわけしたら、おいしいと喜ばれた。

 母に聞いた話ですが、終戦の年の秋にも鈴なりに実った。ある日見知らぬ子連れの母親が現れ、地面に落ちたべちゃべちゃの実を拾っていいかと祖母に尋ねた。すると祖母が、それではおなかを壊しますと答え、もぎたての柿を持たせてあげたとのこと。猿蟹話からそんな温かな話まで、生家の柿は幾多のドラマを抱えて今も立っています。

 ◇

澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター