明智光秀と細川ガラシャをテーマに開かれた講演会(京都市中京区・京都新聞文化ホール)

明智光秀と細川ガラシャをテーマに開かれた講演会(京都市中京区・京都新聞文化ホール)

 明智光秀と細川ガラシャ親子をテーマにした講演会が18日、京都市中京区の京都新聞であった。光秀とガラシャに関する共著を出版した国際日本文化研究センターの井上章一所長が、謀反人の娘が聡明(そうめい)な美女と伝わった理由について解説した。

 ガラシャ(明智玉)は本能寺の変の後、キリスト教に帰依し、ガラシャという名前を授かった。関ケ原の戦いで西軍の人質になるのを拒み、家臣に手をかけられる形で死を選んだとされる。

 井上所長は、こうしたガラシャの死を「イエズス会が殉教の物語のようにヨーロッパに伝えた」と指摘。ウィーンでは音楽劇の主人公となり絶世の美人として描かれたといい「現代のガラシャ像の根っこにはイエズス会の情報操作がある。きれいだったという文献はない」と強調した。

 光秀が謀反を起こした背景についても言及した。当時、織田信長の家臣たちは戦いのため全国に散らばり、信長は京都で無防備な状態だった。井上所長は「どういう理由があったかは分からないが、信長のことを憎いと思っていても護衛がいたら夜討ちはかけられない。来るなら来いと信長がサインを送っているように見えたのでは」と持論を述べた。

 講演会はJR西日本と京都新聞の主催で約80人が参加した。