在学中に行った滑空訓練について生徒からの質問に答える山本さん(京都府京丹波町豊田・須知高)

在学中に行った滑空訓練について生徒からの質問に答える山本さん(京都府京丹波町豊田・須知高)

 太平洋戦争中、須知農林学校(現須知高)で行われていた木製飛行機による滑空訓練について、当時の学生の体験談を聞く授業が京都府京丹波町豊田の須知高であった。卒業生で同町市森の山本清次さん(91)が、在学中の訓練の様子について話し、2年生4人が熱心に耳を傾けた。

 このほど行われた授業に招かれた山本さんは、須知農林学校で1943年から45年4月まで「滑空部」を設け、学徒の養成を目的とした滑空訓練を行っていたことを語った。山本さんによると、同校は初級滑空機と呼ばれる木製の飛行機2機を所有していた。飛行機は主翼が約6メートル、機体全長は約5メートル。軽い材質の木材と綿でできていたという。

 訓練内容は主に約100メートルの飛行と旋回。山本さんが入部した44年には約35人の部員がいた。「かじを取り損ね、高度を通常より5メートルほど高く上げてしまった部員がいた。先生が顔を真っ青にし、みんなで『かじを引け』と叫んだ。ふわっと浮き上がって立て直し、無事に着地したときはほっとした」と当時の訓練の様子を振り返った。

 話を聞いた男子生徒(16)は「この学校でも訓練があったと知って、戦争をより身近に感じた」と話した。