「スポーツの秋」「芸術の秋」…秋は過ごしやすい気候の中、各地でイベントや企画展などが数多く開催されます。どこに行こうかと考えているのであれば、文化財建造物の修理現場を見学するというのはいかがでしょうか?

 京都府教育委員会では、文化財建造物に対する理解を広く深めることを目的に、毎年11月1~7日までの文化財保護強調週間にあわせて、所有者のご協力のもと、文化財建造物修理現場の公開を実施しています。そこで今回は、今年の主会場である重要文化財萬福寺法堂(はっとう)について紹介します。

桟瓦等を取り解いた屋根下地の状況

 黄檗山(おうばくさん)萬福寺は、臨済宗・曹洞(そうとう)宗と並び三禅宗の一つに数えられる黄檗宗の大本山で、釈迦(しゃか)如来を本尊とし、寛文(かんぶん)元(1661)年に中国(明)僧の隠元隆琦(いんげんりゅうき)により創建されました。隠元禅師は中国福建省にある黄檗山萬福寺(古黄檗)の住持でしたが、当時長崎にいた中国僧のたび重なる招請に応じて承応(じょうおう)3(1654)年に来日すると、後水尾法皇や徳川幕府の尊崇を得て、宇治の地に寺地を賜りました。当寺の山号・寺号は中国の古黄檗に由来するものです。

 境内は、三門から法堂に至る中心軸の左右に、同形同大の堂宇を配置し、それらを廊でつなぎ囲います。各堂宇の構造・手法は、それまでの日本建築の様式を骨子として、中国建築の様式を加味しています。日本における黄檗宗寺院の代表的な伽藍(がらん)として、40棟もの建物と、それらの建物を飾る額や聯(れん)(対句を刻んだ立札)が重要文化財に、また、境内地が京都府指定史跡に指定されています。そのうちの法堂、東方丈(とうほうじょう)、西方丈(せいほうじょう)、伽藍堂および鐘楼(しょうろう)の計5棟の建物について、2018年2月から修理を実施しています。

萬福寺法堂の修理前全景
伽藍ならびに寺領絵図(部分)1693年以前の景観とされ、法堂はこけら葺きで描かれている
小屋内に落ちていた旧こけら板。葺き重ね部より先(左側)が風雨をうけ腐朽している

 境内奥に位置する法堂は、説法を行うための建物です。桁行(けたゆき)(横幅)22メートル、梁間(はりま)(奥行き)20メートルを測り、内部には説法の舞台となる壇のみを置きます。萬福寺創建翌年の寛文2(1662)年に建立されました。

 修理前は、波形をした瓦を重ねふいた桟瓦葺き屋根が耐用年限に達し、所々に破損が見られ、一部では下地まで腐朽し陥没していました。そこで、屋根葺き替え修理として、計画の検討を開始しました。

 計画にあたり、建物に残る痕跡や、寺蔵の古文書および絵図等の調査を行った結果、現在の桟瓦葺き屋根は明治期に改変された姿であり、建立当初はこけら葺きであったことが判明しました。こけら葺きとは、椹(さわら)材の薄板を少しずつずらしながら葺き重ねたもので、隣接する東方丈および西方丈や、2013年までに修理が完了した松隠堂(しょういんどう)客殿(きゃくでん)および庫裏(くり)にも見られます。

 こけら葺きから桟瓦葺きに変更した理由の一つは、耐用年数等維持管理の都合だと考えられます。しかし、結果として屋根の重量は大幅に増しており、建立当初の想定を超えていることは明らかでした。また、桟瓦は延宝(えんぽう)2(1674)年に初めて発明されたといい、建立時には無かったことも分かっています。そこで今回は、建物が持つ文化財的価値をより高めるべく、国の文化審議会の審議を経て、こけら葺き屋根に復原することとなりました。現在は、屋根葺き材を取り解き、下地があらわになったところで、来夏には、こけら葺き屋根の姿へとよみがえります。

 文化財建造物の修理現場は、建物が醸す当時の文化に直接触れることができる場所であり、日々さまざまな発見があります。その一端を感じていただける機会として、萬福寺法堂修理現場の公開を、11月2日(土)・3日(日・祝)の2日間、午前10時から午後4時まで行います。当日は、萬福寺境内の拝観料が無料になる他、各種職人による実演や、伝統技術の体験ができるコーナーもあります。また、両日とも午前11時および午後2時から伽藍堂、鐘楼および松隠堂の解説ミニツアー(先着20名程度)も予定しています。

 文化財建造物の経てきた歴史に真摯(しんし)に向き合い、未来へと受け継ぐべきその姿をしっかりと見据えて行われる修理の現場を、どうぞ間近にご覧ください。(詳しくは京都府文化財保護課のホームページをご覧ください)
 =京都府教育委員会文化財保護課建造物担当 竹下弘展