イラスト・冨田望由

イラスト・冨田望由

<いきものたちのりくつ 中田兼介>

 私は宗教心のかけらもない人間ですが、それでもヨーロッパなど旅行して、ふらっと入った教会で荘厳な聖歌に触れたりすると、うっかり神の教えを受け入れそうになります。たかが歌なのに変だなあ、と後から思うのですが、きっとあれは、音響効果を計算し尽くして建てられた、教会の建物力に理性がやられてしまうからでしょう。

 さて夏になると、どこからともなく聞こえてくるジーという音。あれは、ケラという昆虫が出しています。ケラは地中にトンネル状の巣穴を掘って暮らすコオロギの仲間で、オスがメスを呼び寄せるため、前翅(まえばね)をこすりあわせて鳴くのです。

 ヨーロッパなどにすむケラには、音響効果を駆使した巣を作る種類がいます。巣穴の一部に内側をすこぶる滑らかに仕上げた球状の部屋を作り、そこから細いトンネルを水平に延ばします。トンネルはその先で上に向きを変え、拡声器のような形に広がって、地面に大きな穴を開けます。ケラはトンネルの水平部分から球状部に頭を突っ込んだ状態で鳴きます。すると頭の先の空間で音が共鳴し、トンネルを通った音は地面に開いた拡声器の形の穴から周囲に大音声を響かせるのです。

 私たちは、空き瓶の口に息を吹きかけ音を鳴らして遊ぶことがあります。ケラが利用している音響効果の原理は、このビン笛と同じです。ギターに穴の開いた大きな胴体が備わっているのもまた同じ。人間とケラ。まったく違う動物が、同じ物理法則を使って生きているわけです。ちなみに、日本のケラの巣穴には、共鳴室と拡声器の形の穴はなく、日常使いのトンネル部で音を増幅しています。

 こうして夏の空に鳴る愛の歌を聞いて、メスは巣穴に誘い込まれます。よく響く音で届けられたメッセージを、つい受け入れてしまうその理由、私にはよく分かる気がするのです。(京都女子大教授)

◆中田兼介 なかた・けんすけ 1967年大阪府生まれ。京都大大学院で博士号取得。著書に「クモのイト」「びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑」など。「図解 なんかへんな生きもの」を監修。