閉店1カ月前のやまがた屋(京都府京丹波町蒲生)

閉店1カ月前のやまがた屋(京都府京丹波町蒲生)

やまがた屋の地図

やまがた屋の地図

1960年の開業当時のやまがた屋。店から4メートルほど離して、ブロック造りのトイレを設置した(丹波の里やまがた屋提供)

1960年の開業当時のやまがた屋。店から4メートルほど離して、ブロック造りのトイレを設置した(丹波の里やまがた屋提供)

1980年代、駐車場にずらりと並んだ観光バス

1980年代、駐車場にずらりと並んだ観光バス

 国道9号と27号の交差点に位置し、海水浴に訪れる家族連れや帰省客などから長年親しまれてきた京都府京丹波町蒲生のドライブイン「丹波の里やまがた屋」が、11月30日の閉店まで約1カ月となった。理由は時代に合わなくなった大型店舗であることや、京都縦貫自動車道全線開通に伴う交通量減少などという。60年の長きに渡って愛された同店の歴史を振り返りつつ、当時の様子を知る地域住民や閉店を惜しむ町内外の人の声を集めた。

■観光バス並んだ80年代、海水浴・帰省客で繁盛

 やまがた屋がある京丹波町蒲生周辺は京都市内から天橋立や海水浴に向かうちょうど中間地点にあり、開業前の1950年後半ごろは1日何台もの観光バスが道路脇にバスを停車させてトイレ休憩をしていた。男性は民家からほど近い道ばたで、女性客は畑の畝(あぜ)で用を足した。あまりにも大勢が並ぶので、バスが去ると、畝の溝がちり紙で真っ白になっていたという。

 「こんなに人が来るのならトイレを作ってジュースやアイスクリームでも売ろう」と、やまがた屋は60年、国道27号沿いにブロック造りの休憩所として開業した。調理場とテーブルが五つの小さな店からのスタートだったが、朝に京都市内を出発したバスがちょうど昼頃に同町に着くという立地の良さもあって繁盛した。

 山形順一会長(84)=岡山県備前市=は当時をこう振り返る。「トイレを借りたんだから申し訳ないと客がチップを渡してくる。いらないと言うと、向かいの交番に預けて行く。警官が店に来て『もらっておきなさいよ』と言う。昔は客も店も純情だった」

■売り上げ右肩上がり「客の取り合い、まるで戦争」

 その後、観光バスから乗用車へと客層を広げたところ客足が増加。売り上げは右肩上がりで、80年代後半の最高額は年間14億8千万円ほどだった。現在は飲食店として営業している「たんばや」(京丹波町蒲生)など多くのドライブインが道々にでき、観光客やドライバーが一息つくために立ち寄った。

 40年ほど前にやまがた屋で働いていた京丹波町蒲生の男性(76)は当時のにぎわいぶりを懐かしむ。「客の取り合いで大忙し。大声を出して駐車場を走り回った。丹海は『やまがた屋』、京都交通は『たんばや』、みたいな、暗黙のルールもあったかもしれない。まるで戦争やったね」