狂言「千鳥」の太郎冠者を演じるドナルド・キーンさん(左)。中央奥の後見は茂山千之丞さん=1956年9月、東京・喜多能楽堂[LF]

狂言「千鳥」の太郎冠者を演じるドナルド・キーンさん(左)。中央奥の後見は茂山千之丞さん=1956年9月、東京・喜多能楽堂[LF]

源氏物語千年紀記念式典に出席したドナルド・キーンさん(左端)と瀬戸内寂聴さん(中央)、梅原猛さん(右端)=2008年11月1日、京都市左京区・国立京都国際会館[LF]

源氏物語千年紀記念式典に出席したドナルド・キーンさん(左端)と瀬戸内寂聴さん(中央)、梅原猛さん(右端)=2008年11月1日、京都市左京区・国立京都国際会館[LF]

 24日に亡くなった日本文学研究者のドナルド・キーンさんは、京都と縁が深い。京都大に留学し、国際日本文化研究センター(京都市西京区)の創設にも深く関わった。

 「当時、留学生はみんな東京を選びましたが、私は戦災を免れ、古い日本が残る京都に住みたかった」。京都市内で5年前にあった講演で、キーンさんは1953年から留学した京都大大学院時代を振り返った。

 東山区今熊野の下宿では、教育社会学者として後に文部大臣になる故永井道雄氏と知り合い、「一生の友人」になったという。

 祇園祭の山鉾巡行にも参加した。フランス文学者の故杉本秀太郎さんの妻で、杉本家住宅(下京区)を守る千代子さん(83)は「キーンさんは裃(かみしも)を着せてもらい、お供の1人として歩いたそうです」と話す。

 京都の狂言師、故二世茂山千之丞さんからは狂言の稽古を受け、「青い目の太郎冠者」として話題を呼んだ。56年に東京で開かれた狂言会では谷崎潤一郎や川端康成、三島由紀夫らが観客として見守る中、「千鳥」の太郎冠者を務めた。

 2006年に京都市内であった茂山家の催しではキーンさんを招き、当時の映像を上映。千之丞さんは「キーンさんは日本語がうまく、年齢を聞くと『戌(いぬ)年』と言われて驚いた」と語った。五世茂山千作さん(73)は「私が小学生の頃、一緒に日本海に泳ぎに行ったのも思い出です」と家族ぐるみの交流を振り返った。

 1987年に創設された日文研では、今年1月に亡くなった梅原猛所長のもと教授に就き、日本文学の研究を進めた。同僚だった山折哲雄名誉教授(87)は「京都の地で、もののあはれなど日本人の感性への理解を深め、英語文化圏との橋渡しに果たした功績は大きい」と語った。