群仙図屏風(六仙図)。長浜の旧家から寄贈された。優れた画技、総銀箔貼りの表具が祭りの格を感じさせる

長浜市曳山(ひきやま)博物館の学芸員紅林優輝子さんは2018年6月に赴任後、長浜曳山まつりがある春と、まつりがない春の両方を経験することになった。

 まつりの1カ月も前になると囃子(しゃぎり)の練習が聞こえてくる。見せ場の4月13~16日は職員総出でまつりにかかり、博物館もハレの日を迎える。しかし、コロナ禍でまつりのなかった今年は街の火が消えたようだった。「春が来た気がしない」と地元の人が言うのを聞いた。

 同館は00年に開館した。曳山2体を常設展示し、まつりの歴史や支える人の役割を伝える。全国にある曳山博物館の中で唯一、曳山の修理所があり、職人による作業を公開。まつり期間は曳山に何かあればすぐ職人に連絡できるよう備える。進行や警備、映像・写真撮影も担い、地域と一体で活動してきた。

渡辺公観「長浜祭図」のうち「御幣持図」と「長刀組太刀渡図」

 今年は、4月に行うまつりがいったん秋に延期され、その後、中止が決まった。各山の責任者(総当番)が会合を重ね、対応を協議した。最大の見どころである子ども歌舞伎を行う出番山は決まっており、今年の出演者もほぼ内定していた。

 子ども歌舞伎は披露したい。だが、感染拡大につながらないか。会合が紛糾することもあった。総当番が過去のまつりを調べ、戦争中や大喪の礼の年のほか、江戸期には予算がなくて行われなかった例もあると説明、最善策を考えた。「歴史検証の機会になった」と紅林さんは振り返る。

 長浜曳山は装飾が圧倒的だ。金の格天井に天井画、柱を取り巻く飾り金具、後方の目立たない扉にさえ、華麗な螺鈿(らでん)細工が施される。「京都の祇園祭の洗練に比べ、これでもかという豪奢(ごうしゃ)さ。まさに満艦飾」と紅林さんはほほ笑む。仏壇制作など伝統の技を生かし、競い合って華やかに飾り立ててきた。

実物の曳山・鳳凰山の展示風景

 その姿は豊臣秀吉以来の長浜の繁栄を物語るが、それを担う人々は減っており、負担も大きくなっている。「先祖から預かったという一念で維持されている。4月の祭りのために、9月から準備する。その流れが人々の暮らしに溶け込んでいる」。地元の熱意とともに、祇園祭や飛騨の高山祭に比肩する祭りの見事さをさらに伝えていきたいと紅林さんは考えている。

 

 長浜市曳山博物館 新収蔵の「群仙図屏風(びょうぶ)」は市内の旧家から寄贈された。狩野派とみられる巧みな筆遣い、総銀箔(ぎんぱく)貼りの表具など見ごたえのある作品だ。まつりの期間中、京都の祇園祭での屏風祭のように、絵画類を見せる習慣があったと考えられている。渡辺公観「長浜祭図」は、あえて曳山ではなく長刀組太刀渡りの少年と御幣使の稚児を描く。軽やかな筆致や愛らしい表情に、大津出身の公観の曳山祭への親しみがにじむ。長浜市元浜町。0749(65)3300。