たにざき・ゆい 1978年生まれ。2007年「舞い落ちる村」で文学界新人賞受賞。「鏡のなかのアジア」で芸術選奨文部科学大臣新人賞。最新作は「遠の眠りの」。近畿大文芸学部准教授。

 アメリカ大統領選挙が近づいている。共和党のトランプ大統領が再選を果たすか、民主党のバイデン候補の勝利となるか。今回の選挙戦の鍵となる要素に、BLM(Black Lives Matter)運動があると言われている。

 人種問題はアメリカの抱える最大の矛盾かもしれない。さかのぼれば国の起源、先住民族の土地を略奪して作られたという事実からしてそうなのだが、もっとも顕著にはやはり、黒人を奴隷として使役していた歴史がある。

 コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(ハヤカワepi文庫)は、その奴隷制度をテーマにした長編小説だ。トランプ氏が大統領選に勝利した年に発表され、衝撃的な内容と圧倒的な面白さで話題となり、数々の賞を受賞した。

 人種問題や奴隷制度についてわたしも知識はあったけれど、それが何を意味するのか、この小説を訳すまでわかっていなかったと思う。人間が人間を物扱いし、家畜のように売り買いし、不要になったら“処分”する。知能が劣っていると見なして読み書きを禁じ、性的にも慰みものにする。奴隷にするとはそういうことだった。

 アメリカ史上唯一の内戦とされる南北戦争は、奴隷制度をめぐって起きている。奴隷を使役し大農園を営んでいた南部諸州が、その廃止を唱える北部と対立し、合衆国を脱退して戦争になった。結果北軍が勝利し、奴隷制そのものは廃止されたが、黒人を差別し、労働力として搾取する構造はその後も続いていく。

 刑に服する者を過酷な労働に従事させる制度とし、黒人を簡単に逮捕できるよう罪を重くした。黒人イコール乱暴で危険という固定観念はそうして作られた。

 その黒人たちをもっとも差別したのが貧しい白人たちだった。南北戦争の起こる19世紀は、ヨーロッパから職を求める移民が流入した時期でもある。彼らは白い黒人(ホワイト・ニグロ)と呼ばれ、黒人奴隷と似たような労働に従事した。

 下働きをしつつ黒人を虐(いじ)めるアイルランド系の白人が『地下鉄道』にも出てくる。自分たちの置かれたつらい現状を、有色人種を下に見ることで留飲を下げ、やりすごす。今日見られるホワイトプライドの動きと、まさにおなじだと言える。

 BLM運動について、トランプ氏はその破壊的な側面を強調している。氏が支持された背景には、連綿と続く差別の構造があると言えるのではないか。それが補強されるのか、わずかなりとも覆されるのか、今後を見守りたい。(作家)