御土居跡で出土した人形の頭部

御土居跡で出土した人形の頭部

木造聖徳太子立像

木造聖徳太子立像

 京都市文化財保護審議会(井上満郎会長)は25日、豊臣秀吉が京都改造の一環で築いた御土居跡で出土した木簡や人形など1件477点をはじめとした計6件を市指定文化財にするよう市に答申した。御土居跡出土品の指定は初めて。

 御土居は1591(天正19)年、京都を囲うように築かれた南北約8・5キロ、東西約3・5キロの大規模な土塁と堀。指定対象は1980年以降、南区の油小路通八条通―九条通であった発掘調査の出土品で、近世に堀などに捨てられたものとみられる。

 出土品は、安土桃山時代から江戸時代初頭ごろの木製品が中心となる。木簡には、国内で1点しか確認されていないアルファベット表記したものが含まれ、片面に「V」などと読める筆記体の字体がみられ、もう片面に日本語で「せるそ様」(イエズス会の宣教師セルソ・コンファローネ)の名を記す。近世にかけてヨーロッパ人や宣教師が近くで集住していた可能性を示す。

 一方、人形は頭部に冠や烏帽子(えぼし)をかたどり、髪のような細工を施すなど立体的な造形になっている。芸能具や玩具とみられ、文楽人形の原初形態を思わせる。併せて漆を塗るヘラも出土しているため、近隣に人形をつくる工人が存在していたと考えられるという。

 一帯はかつて東寺領で、道路を開発して宅地や田畑に変えた「巷所(こうしょ)」が中世後半には形成された。巷所には東寺の掃除や雑役を担う散所人、手工業者や商人などが集住していたとみられるが、これまでは文献や民俗芸能の研究が主体だった。

 市文化財保護課は「こうした研究を考古学的に裏付ける貴重な資料になり、京都の歴史解明の進展に寄与する」としている。

 ほかに、建造物2件、美術工芸品2件、名勝1件が指定され、市指定・登録文化財は計525件になる。