嵯峨野高に残る茶室「里仁軒」と調査した2年生4人(京都市右京区)

嵯峨野高に残る茶室「里仁軒」と調査した2年生4人(京都市右京区)

 京都府立嵯峨野高(京都市右京区)の2年生4人が、同高のシンボル的な茶室「里仁軒(りじんけん)」を調査し、建築年代が1945年と推測されることなどを絞り込んだ。最終目標だった登録有形文化財の指定は果たせなかったが、4人は「後輩たちにいずれ目指してもらいたい」としている。

 梅村萌絵さん(17)、田畑莉奈さん(17)、長澤悠花さん(16)、中山太貴さん(17)。昨春から総合的な学習の時間の「京の文化財ラボ」に所属し、里仁軒を文化財登録することを目標に設定して5月から調査を始めた。

 茶室の詳しい記録はなく、同高の史料を調べたところ、45年3月に同高の創設費を援助した呉服会社経営の矢代仁兵衛が茶室の建設基金1万円を同高の前身の嵯峨野高等女学校に寄贈したとする記述を確認。また、「(戦争の)戦いが激しくなった時に中庭に茶室がたった」とする当時の在校生の述懐録も見つかり、45年の3月から終戦までに建築されたと推測した。

 また、これまで矢代氏の自宅から移築されたと思われてきたが、矢代氏の自宅には別の茶室があり、間違いの可能性が高いことも分かった。「佐々木藤左衛門という人の茶室を移築した」などの説もあったが、確証は得られなかった。

 ほかに、茶室は校舎の改築のたびに解体の危機にさらされながらも残ったことや、母屋から切り離された可能性があることなども分かったという。

 調査結果は報告書にまとめ、茶室の構造も図面に残したが、まだ不明な点が多いため文化材登録には至らなかった。4人は「文化財の大切さがあらためて分かった。今回を最初の調査とし、次の世代にバトンタッチしたい」としている。