水素で走る国産の燃料電池車(FCV)が販売されたのは、2014年暮れだった。トヨタの「MIRAI」は世界初の一般向けFCVであり、「究極のエコカー」として注目された。

 無尽蔵の水素を大気中の酸素と反応させて発電し、モーターを動かして走る。ホンダも16年に追随して、FCVが実用段階へ一気に走りだすかに見えた。

 「水素社会の実現」を掲げる国は17年に水素基本戦略を策定した。二酸化炭素(CO2)を排出しない水素燃料を次世代のエネルギーとして有望視し、FCVはその象徴とも言えた。

 ところが普及が遅れている。20年までに4万台程度という国の目標に対し、8月末時点で約3800台。これでは25年までに20万台、30年までに80万台に増やす目標の達成は難しい。

 ライバルである電気自動車(EV)に比べ、短時間で燃料を補充でき、走行距離も長い。EV同様に走行時に排ガスを出さない。それなのにEVに水をあけられ、消費者に受け入れられる見通しが立たない。

 なぜか。一つは1台700万円強という高価格。国は量産化の技術開発を支援し、コスト削減を図る考えだが、より大胆な政策的誘導が必要だろう。

 米国や中国はCO2排出抑制策として、より身近なEV導入を優先しており、世界的な潮流に乗れなかったのも響いた。

 燃料を補給する水素ステーション網も欠かせない。水素は扱いにくく建設費用が1カ所約4億円と割高で、整備は遅れ気味だ。10月時点で135カ所に拡大したが、国が目指す25年度までに約320カ所の半分に満たない。コンビニ併設型や無人運営の解禁といった規制緩和が必要という意見もあるが、安全性を二の次にするようでは困る。

 水素エネルギーの活用は官民挙げて挑む値打ちがある。FCVにとどまらず、地球環境に配慮した水素社会へ道を開く可能性を秘めているからだ。

 欧州連合(EU)は再生可能エネルギーで水を電気分解して製造する「クリーン水素」を推進する戦略を打ち出した。中国もFCV向けの新たな産業育成策に取り組む。共に次世代の成長分野と位置付け、主導権を握りたい思惑が透ける。

 日本では都市ガスを使う家庭用燃料電池(エネファーム)の普及が進み、バスや鉄道、船舶へも燃料電池が広がり始めている。水素関連市場は、50年には8兆円規模との試算もある。

 課題は多い。普及が進んでいないため、製造や流通面でコストがかさむ。化石燃料から製造するとCO2が発生し、その回収や貯留技術も欠かせない。

 ただ太陽光や風力で発電された電気でつくるクリーン水素ならCO2排出の懸念は少ない。余剰電力を水素燃料の形で貯蔵できれば、再生エネ利用を促進させる可能性を秘めている。

 菅義偉首相は、50年までに国内の温室効果ガス排出を実質ゼロにすると表明した。水素の活用が「切り札」となりそうだ。

 日本は、優れた水素技術を誇り、競争力は高い。技術をさらに前進させ、普及の先駆けとなる戦略が求められよう。