洗練されたみずみずしい歌詞で昭和から平成にかけて数々のヒット曲を世に送り出してきた作詞家・松本隆(71)の音楽活動50年記念ライブが11月2日夜に京都から生配信された。サプライズで「フォークの神様」が登場。劇的再会とともに「共作」秘話が明かされた。期せずして、松本の盟友で10月に亡くなった作曲家・筒美京平の功績を振り返る場にもなった。(THE KYOTO=樺山聡)

■ギターを持った男が“乱入”


 終盤、ギターを持った一人の男性が突然、舞台袖から現れた。

 松田聖子の「瞳はダイアモンド」、薬師丸ひろ子の「探偵物語」、森進一の「冬のリヴィエラ」、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の「君に胸キュン」…。2千曲以上に上る松本隆のヒット曲から、5組の実力派ミュージシャンがそれぞれ4~5曲を披露し、松本がトークで壇上に上がって「はっぴいえんど」時代を振り返り始めた時だった。

 「えー、なんで?」

 松本が声を上げた。

■伝説の岡林信康が登場


 視線の先に立っていたのは「山谷ブルース」などで知られる伝説のシンガー・ソングライター、岡林信康(74)だった。

 「会いたかったんだよ」

 松本は思わず歩み寄り、「もう握手しちゃうよ」と興奮ぎみに手を握った。

 松本が1970年に細野晴臣、故・大瀧詠一、鈴木茂とともに結成したバンド「はっぴいえんど」は、岡林のバックバンドを務めたことがあった。「はっぴいえんど」解散後、松本は岡林のアルバム「金色のライオン」のプロデュースを手掛けた。同志社大学出身の岡林は長く京都府内に居を構えており、松本も近年は京都に移り住んだが、再会は約30年ぶりという。

■タイトル秘話を明かす


 岡林がアルバム「金色のライオン」に収録された1曲での松本との思い出をマイクで語り始めた。

 「(京都府北部の)綾部の山村に暮らしている時、歌ができたけどタイトルができひんなというところに(松本が)たまたま遊びに来たんで聴かせたら、それは『26ばんめの秋』だよと一言。俺が七転八倒してもできなかったのに、1回聴いただけで思いついて、ものすごいジェラシーを感じた。ボブ・ディランにも嫉妬しなかったほどうぬぼれていたこの俺が、その才能に嫉妬した。だから、その後、ヒットを飛ばすのを見て当然だと思った」

■「26ばんめの秋」を弾き語り


 岡林はそう振り返り、「26ばんめの秋」を弾き語りで歌い終えると松本に向かって「じゃあ」と右手を挙げて舞台袖に引き返した。

 「だって気づいたらそこに立っているんだもん」。司会者からサプライズ演出の感想を問われた松本は興奮冷めやらぬ様子で答え、「京平さんもその辺に立っているかもしれない」と舞台の後方を指さした。

 松本の音楽活動50年を記念したこの日のトリビュートライブは、くしくも松本の盟友で、10月に亡くなった作曲家・筒美京平にささげる場にもなった。

■筒美作品の思い出も披露


 1番手に登場したノラオンナは、筒美・松本コンビの代表曲である近藤真彦の「スニーカーぶる~す」(1980年)と斉藤由貴の「卒業」(85年)をウクレレの弾き語りで歌った。

 「スニーカーぶる~す」について松本はトークで、原田真二に書いた「てぃーんず ぶるーす」(77年)のような歌を故・ジャニー喜多川から求められたと明かし、「『てぃーんず-』で使ったズックを進化させて当時新しかったスニーカーにした」と振り返った。

 女性2人組の花*花は、幼い頃に聴いたという「ルビーの指環」(81年)や「SWEET MEMORIES」(84年)に続き、筒美作曲の「リンゴの森の子猫たち」を歌った。83年にNHK総合テレビで放送されたアニメ「スプーンおばさん」のエンディング・テーマとして発表され、2人とも「ずっと歌ってみたかった」曲と紹介した。

 松本は「本当にうれしそうに歌ってくれた。音楽は人を幸せにしてくれます」としみじみと語り、「きっと天国の人も喜んでいる」と筒美を思いやった。

 シンガー・ソングライターの曽我部恵一は、「はっぴいえんど」にまつわる思い出を披露した。

 4人の顔が描かれたアルバム「風街ろまん」のLPジャケットに松本をはじめ、細野と鈴木にそれぞれサインをもらい、のちに大瀧にもお願いすると「夢がかなったらつまらないでしょ」と断られたと明かし、「あのアルバムはかけがえのない存在」と振り返った。「松本さんの純情と大瀧さんの純情がある。こんな曲が書けたら素晴らしいだろうな」という大瀧の曲「それはぼくじゃないよ」を歌った。

 最後に5組がそろい、「はっぴいえんど」の「風をあつめて」を歌った。

 松本が時代とともに紡いだ言葉の世界を浴びながら育った世代が、歌に新たな命を吹き込み、次代につないだ夜になった。

 「今日は本当に楽しかった。素晴らしかった」。松本は感無量の様子で語った。