上野家文書と一緒に保管されていた、ミルクの広告やバターの包み紙

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 京都府立京都学・歴彩館(京都市左京区)の閲覧室は静かな喜びに満ちている。史実を掘り起こして、求める資料に行き着いた瞬間は何ものにも代えがたい。その喜びを助けるのが熟練の職員だ。資料課主幹の松田万智子さん、同課古文書担当の若林正博さんは利用者の「知りたい」という思いに寄り添う。

 近年、テレビ番組などの影響で、家のルーツを調べる人が多いという。著名人なら人名辞典に掲載されるが、一般人の場合は館蔵の明治期からの電話帳、商工人名録、昭和30年代からの住宅地図などが役立つ。

 意外なものが研究を助ける例は多い。明治から大正にかけて衆議院議員などを務めた舞鶴市の上野弥一郎にちなむ「上野家文書」には書類とともに牛乳店の請求書や食品の広告などが残っており、当時の庶民生活が分かる。ある町内の地蔵盆の引き継ぎ書類には、1920年代にそれまで配っていた餅をあんパンに代えたと記録され、京都のパン食展開を伝える。学校だよりも価値が高い。地域の出来事のほか、米国のヘレン・ケラーが来日、講演したなどの史実も記録されているからだ。

明治期の電話番号簿。家のルーツやある人物について調べたい人には手がかりになる
大正時代の電話番号簿

 行政文書でも、指示や担当者の復命書などを書いた付箋が本文以上に多くの情報を伝える。町や村が国などに提出した書類には何も添付されないが、控えには地域事情が書き込まれている。現代のようなメールのやりとりでは残らない情報だ。

 合理化の中で消えるものは多い。意外にも平成ひと桁年代がそうだという。インターネットが普及する直前、紙からデジタルへの切り替えが進められ、多くのデータがフロッピーディスクに収められた。だが、ワープロなどの機器が廃棄され、資料は読めなくなってしまった。

 庶民の歴史はすぐに消える。松田さんは小西大東という人物を調べ、近代京都で有職(ゆうそく)故実や新聞事業に携わる文化人だったと突き止めたが、話を聞いた人から「おじいちゃんが生きてたらわかったんやけど」と言われることも多かったという。

 家の建て替えなどで家財を処分する前に公共施設に声をかけてほしいと若林さんは言う。地域のお知らせ、同窓会誌が歴史の証言者になりうる。それが利用者の学ぶ喜びを助けることもあるからだ。

 

 京都府立京都学・歴彩館 常連の利用者も多く、コロナ禍で休館後、5月下旬の再開時には「涙が出るほどうれしい」との声もあったという。総合資料館だった時代に比べ、大小のホールやラウンジができ、ファッション系の展示なども行うようになって利用者層が広がった。府立大との連携授業や共同研究、展示なども行っている。京都市左京区下鴨半木町。075(723)4831。