■栄華脅かす存在の登場


 だが最近、そんなチャコウラナメクジの栄華を脅かす存在が現れた。

 マダラコウラナメクジという、成長すると15cmほどの大きさになる大型のヒョウ柄のナメクジだ。

 「もともと原産はヨーロッパで、日本では2006年に茨城県で初めて発見されました。輸入植物の鉢や輸送用のパレットなどについていたのが繁殖したと言われていますが、正確なところはわかりません。マダラコウラナメクジはそれから恐ろしいスピードで分布を拡大し、2012年には北海道でも発見され、道内のあちこちで見られるようになっています」

 宇高氏はこのマダラコウラナメクジの分布域の拡大に注目し、研究を進めてきた。

 マダラコウラナメクジがさらに勢力を拡大すれば、生息環境が重なる日本の在来種、すでにいた外来種の分布構成が大きく変わる可能性がある。その影響を予想するためには「どのナメクジが、いつどこにいるのか」を知る必要がある。

■CFで市民に情報呼びかけ


 そこで「ナメクジ捜査網」と名付けた取り組みをCFで呼びかけたのだった。

 「ナメクジは食用・観葉植物やそれを運ぶ木材パレットなどと一緒に、車や列車で運ばれることで生息域を広げていると考えられます。人間の活動にともなって移動するので、畑などの私有地にいることが多く、研究者一人の力では分布域を正確に調べることが困難です。そこでクラウドファンディングで資金を集め、手軽にナメクジの目撃情報を集めて蓄積し、公開できるウェブサイトを作ろうと考えたのです」

 クラウドファンディングサイト「アカデミスト」で告知された支援の目標金額は100万円。2カ月間にわたって募集が行われ、支援者には「ナメクジ壁紙」やナメクジを模したぬいぐるみ、ナメクジ柄のTシャツなどがリターンとして用意された。

■2カ月で目標金額を突破


 2カ月後、目標金額を超える117万8747円の資金が集まり、宇高氏はサイトの構築を進めることが可能となった。

 「マダラコウラナメクジが継続的に発見されているのは、北海道、福島、茨城、長野といった地域ですが、さらにそれ以外にも分布域を広げていることはほぼ確実です。日本には在来種で『ヤマナメクジ』という大型のナメクジもいるのですが、これから作るサイトではマダラコウラナメクジ以外のそうしたあらゆるナメクジの目撃情報を集めたいと思っています」

 それにしても、なぜ「キモい」生き物の代表格とも言えるナメクジを宇高氏は研究対象に選んだのだろうか?

 「きっかけは卒業研究でした。動物生理学の研究室で昆虫を主に扱っていたんですが、卒論を書くのにあたって選んだ生物がナメクジだったんです。他の候補としては、オオクロナガオサムシという虫がいたんですが、この虫は目に入ると失明する危険もある毒を持つ放屁をするのでやめました。あと、セミも候補だったんですが、夏の暑い日に野外で捕まえることを考えると、たいへんそうだな……と。最初はそんな消極的な理由でナメクジの研究を始めたんです」

■「カタツムリは怖い」


 同じ陸生貝の子孫である、カタツムリについては研究の対象にならなかったのだろうか。宇高氏にそう尋ねると、意外な答えが返ってきた。

 「私、カタツムリは怖いんですよ(笑)。ナメクジに比べて殻があって大きいし、腹足と呼ばれる地面と接するビラビラの部分もなんだか気持ち悪くて。ナメクジはあの流線型のフォルムがかっこいいなと思いますね」

 誰もが知る存在でありながら、ほとんど誰も顧みてこなかったナメクジという生物に、宇高氏はなぜ夢中になるのか。対象への「愛」が明かされた。(THE KYOTO=大越裕)