ヒップホップダンサーとして華やかなステージを極め、茶人に転じた茶道上田宗箇流の若宗匠上田宗篁さん。400年の歴史を担う決意の奥底にあったものは…。(THE KYOTO=栗山圭子)

■身一つで成り上がる

 羽織袴の立ち姿が美しい。それよりも印象的なのは、長めの髪を一つにまとめたツーブロックのヘアスタイル。茶道上田宗箇流(広島市)の次代を担う若宗匠上田宗篁(そうこう)さん(42)。元々、ヒップホップダンサーとして活躍していたと聞けば、うなずける。

 ヒップホップダンスとの出会いは17歳、高校2年生の時だった。広島市内の大学の学園祭で、ステージ上で繰り広げられるパフォーマンスを間近に見た。音楽とともに自在にはねる。体一つで場を盛り上げる姿に興奮した。市内でレッスンできるところを探し、通い始めた。

 大学進学で上京、さらにダンスにのめり込んだ。仲間とともにストリートやダンスイベントで自らを磨き、知名度を上げることをねらった。

 「身一つで、成り上がっていかなければならない。自分の力を試したい」―。一人暮らしの住まいは、ガスや電気が止められた。「水は飲めたし、生きていける。働く時間がなかったわけではない。でも、ダンスをやることしか考えていなかった」

■「SHI-GE」から「宗篁」へ

 プロダンサー「SHI-GE」として徐々に頭角を現し、アーティストのツアーやPV(プロモーションビデオ)、メディアへの出演の機会も増えた。現在「EXILE」で活躍するメンバーらと同じイベントに立ち、競い合った。

 26歳、「泥水をすすった過去」は嘘のように、活動の場は国内外に広がり、全国のスタジオに講師として招かれるようになった。何年か先まで生活が見通せる。そんな時だった。

 「何となく自分のキャリアを振り返り、成功しているといえるレベルに達した。あと2年やって、帰ろう」

 ダンサー「SHI-GE」から茶人「上田宗篁」へ。

 その道は歴史の流れに連なる。

 生まれ育った上田家は武家茶道で知られる上田宗箇流の家元だ。豊臣秀吉のそばで千利休の茶を学び、後に古田織部と親交を深めた桃山時代の武将茶人上田宗箇を流祖とし、400年の歴史をつなぐ。宗篁さんはその17代となる。

 上田宗箇は本名を「重安(しげやす)」といい、槍の名手とされる。大坂夏の陣の折、急迫する敵を待ち受けながら、平然と茶杓を削っていたという豪胆な逸話もある。

■名前に生き方重なる

 宗篁さんの本名も「重安」だ。家元である父宗冏さん(75)が名付けた。「宗篁」の名は、14歳の元服式で、祖父から贈られた。

 ダンサー名「SHI-GE」は本名にちなむ。ダンスシーンで、わが身一つで成り上がる姿は、戦乱の世を生き抜いた流祖の姿に重なるようだ。

 大学は国学院に学んだ。自宅の庭にはお社が祀られていて、先代家元は広島・厳島神社の名誉宮司を務めていた。母方の祖父は、奈良・春日大社の宮司。組織を運営する上で、神職の資格を持っていた方がいいと父にも勧められ、進路を定めた。ダンスに明け暮れた学生生活だったが、大学のカリキュラムに従い、神職の修行をした。「ふんどし一枚で冷たい川に浸かって祝詞を唱えて走って帰る、なんてこともあった」

 学生時代、父の勧めで五島美術館でも学んだ。茶道具ばかりでなく、国宝「源氏物語絵巻」をはじめとする名品を所蔵する美術館で、週3回、売店の受付や展示替えの手伝いをした。「当時は特別前向きではなかったが、茶器や茶碗などの逸品を間近で見ることができた」と、今なら思える。

 ダンスに打ち込みながらも、家のことがずっと頭の片隅にあった。4人きょうだいの長男に生まれ、妹が3人いる。「どこかで帰らないといけない」。ダンスシーンで積み上げた実績は、家に帰る自信になった。

■創業者のつもりで

 「ダンスは、家の自分でなく、一個人の自分としての力を確かめられた。世襲の会社も一緒だと思う。先祖の作ってくれたところを継ぐ。何も知らずに当然と思って続けていれば、いつか行き詰まるかもしれない。400年の実績にあぐらをかかず、自分が創業者のつもりでやらないといけない。そのためには自信が必要だった」

 28歳、ダンサー「SHI-GE」は、茶人「上田宗篁」になった。

 潔くダンスをやめた、はずだった。東京を離れ広島に戻るとき、仲間や生徒たちが、イベントを開き、盛大に送りだしてくれた。

 だが、地元に戻ると、いろんな思いがよぎった。広島のダンスシーンに貢献できていない。何もしなくていいのか。わずか3、4カ月、熱は冷めきらず、再びレッスンやイベントに身を置き、後輩の育成と地域の活性化に力を注いだ。

 「茶人ダンサー」とでも呼ぶべきか。茶道修行のかたわらダンサーを続け、全国に足を伸ばした。

 10年間走り続けた。38歳、宗篁さんは、広島を盛り上げる一助になった確信を得て、体にも限界を感じ、今度こそ見切りをつけた。

 「動」のダンスと「静」の茶道。対極とも思える世界だ。しかし、通じるものがあるという。

 それは何か。

 「スポーツと違い、文化は数字や記録で競るものではない。技術はいるが、競技ではない」

 茶道は、点前作法とともに、さまざまな道具の取り合わせを考える。茶碗や茶入、釜など直接使う茶道具はもとより、床に掛ける軸や花、花入などのしつらえにも趣向を凝らす。着物や茶室空間も必要だ。どれが一番重要というわけではなく、それらを取り合わせて、いいものにしていく。何より、迎えるお客さまに喜んでいただくために。

 ダンスも同じ。自らの振り付けに音楽、衣装、会場、照明…。観客に喜んでもらえるよう、組み合わせを考え総合的に作り上げていく。本格的に茶道に向き合い「ものすごく近いものだと感じた」。

 写真提供:上田流和風堂