店に残された福玉の材料。来年からは法子さん(奥)が製作を目指す=京都市東山区祇園町北側・切通し進々堂

店に残された福玉の材料。来年からは法子さん(奥)が製作を目指す=京都市東山区祇園町北側・切通し進々堂

「福玉」づくりにいそしむ藤谷さん。76歳まで毎冬作業を続けた(昨年11月)

「福玉」づくりにいそしむ藤谷さん。76歳まで毎冬作業を続けた(昨年11月)

 年末年始の祇園の風物詩、「福玉」作りを長年行っていた喫茶店が、今年は取りやめた。店主の急死と、新型コロナウイルスの影響を受けたものだが、来年からは娘が伝統を受け継ぐ決心をした。「恩返しのためにも、作っていきたい」と話す。

 福玉は、餅でできた紅白の玉に縁起物の置物を入れたもので、花街の新年のお祝いとして、お茶屋や客が芸舞妓らに配る風習がある。

 約20年前から福玉を手掛けていたのが、京都市東山区祇園町北側の「切通し進々堂」。店主の藤谷攻(おさむ)さん夫妻と次女の法子さんで店を切り盛りしながら、藤谷さんが約400個を11月上旬から手作りし、販売していた。

 だが今年2月、藤谷さんは愛用の小型バイクで梅を見に行った帰りに、急性心不全で倒れ帰らぬ人となった。76歳だった。

 置物選びなどのノウハウを知るのは藤谷さんのみ。また、福玉は割れやすいため従来は店頭のみで販売していたが、コロナ禍によって遠方からも来ていた客の来店状況も読めなくなったため、今年は製作を取りやめた。

 突然の事態に、法子さんは店をどう続けるか考えるので精いっぱいだったが、二人での営業にも慣れてくると、福玉のことが気に掛かった。10月、法子さんは残されていた福玉の材料を使って試作してみた。「父と同じようにはできないけれど、来年は作りたい」。そう思うようになった。

 藤谷さんは花街の人と縁が深く、葬儀の段取りも助けてくれた。コロナ禍では客足が鈍ったものの、その分話す機会が増えた常連客は、店のことを気遣ってくれた。「父は花街のために、いい福玉を作ろうと楽しんでいた。数や販売方法は従来通りにはできないだろうが、受けた恩はお返ししたい」。法子さんは笑顔を浮かべた。