事件発生当日、負傷者を搬送する救急隊員たち(7月18日午後1時56分、京都市伏見区)

事件発生当日、負傷者を搬送する救急隊員たち(7月18日午後1時56分、京都市伏見区)

 京都市伏見区桃山町因幡のアニメ製作会社「京都アニメーション」(京アニ)第1スタジオが放火され、36人が死亡、33人が重軽傷を負った事件で、市消防局は17日までに救助活動の詳しい経過を京都新聞社の取材に明らかにした。激しい炎に阻まれたため、屋内から救出できた生存者は一人もおらず、過酷を極めた現場の状況が改めて浮き彫りになった。

 重いやけどを負った人たちが屋外の4カ所に分散して救助を待っていたことも判明。屋内で見つかった遺体の損傷は激しく、隊員はこれ以上傷つけることがないよう、1人の遺体を4人がかりで丁重に扱った。発生当日に確認された33人の遺体を全て運び出し終えたのは、最初に救急隊が出動してから10時間37分後だった。

 事件は18日で発生3カ月を迎える。

■「経験ない」爆発的な炎

 7月18日午前10時32分、「京アニから爆発音がして1階から煙が出ている。負傷者が多数いる」と119番が入り、その後、同様の通報が相次いだ。35分に最初の救急隊が出動。40分に路上で多くのけが人がいるのを発見し、増援を要請。続いて到着した隊が43分に放水を始めた。
 隊員は自力で脱出していた従業員から「建物内に約70人がいた」と聞いたが、ガソリンによる爆発的な炎の勢いは収まらない。指揮隊長は「昼間の火災でこれだけ燃焼するのは経験がない」と衝撃を受けた。
 隊員は消火と並行し、屋内外での救助を模索。屋外の救助活動で計36人(男性18人、女性18人)が4カ所に避難していることが分かった。一番遠くは建物から北東に約120メートル離れた公園。近隣住民は「男女7人が逃げてきて、横たわる人もいた」と証言。現場に駆けつけた隊員は「周囲の熱量も相当なものだった。熱さのあまり無我夢中で逃げたのだろう」と推測する。
 建物の南方向のタクシー会社に続く路面には血の足跡が付着。建物北側の街道で救護に当たった地元の70代男性は「全身やけどの女性が『痛い痛い』と助けを求めにきた。最初は会話できていたが、搬送される頃には意識が薄れていった」と証言する。
 市消防局は午前10時46分から11時半にかけて、治療の優先順位を決めるトリアージを順次実施した。ドクターカーなどで現場に駆けつけた京都市立病院と第一日赤、第二日赤、洛和会音羽病院、京都医療センターの医師9人も加わり、皮膚の色からやけどの深さや面積、飛び降りた際の骨折の重さを観察し、「重症」10人、「中等症」6人、「軽症」20人と判定した。
 同局が複数の病院と交渉し、負傷者を同市と宇治市、久御山町の8病院に分けて搬送することを決定。119番から1時間51分後までに「重症」の全員を病院に搬送し終えた。
 屋内の救助活動は午前10時55分にようやく始まった。1階からスタートし、2階、3階にも順に進み、午後2時までに1階の北側と中央部分で見つけた計2人の遺体を運び出した。

■「全員を救出するまで活動続ける」

 建物は午後3時19分、燃焼拡大の危険がない鎮圧状態に。隊員は2階の中央部分を中心に11人の遺体を、3階から屋上に続く階段で7人の遺体をそれぞれ確認。午後7時半すぎ、消防の広報担当者は現場で報道陣に、まだ屋内に複数人がいることを明らかにした上で「全員を救出するまで活動を続ける」と説明した。
 遺体は損傷が激しく、現場では性別さえ分からない人もいた。隊員は服のきれや所持品も遺族の元に届けるため、丁寧に運び出した。付近で待機する医師が一人一人の死亡を確認、京都府警が司法解剖や身元特定のために引き取った。
 午後9時12分、この日確認された33人の遺体の運び出しを終えた。119番から10時間以上も要していた。約20分後、広報担当者は、屋上に続く階段では扉のすぐ手前から20人の遺体が折り重なるように倒れていたと報道陣に説明した。
 市消防局は市内全域から消防車や救急車、ヘリコプターなど延べ111台、隊員延べ398人を動員した。負傷者のうち3人は発生翌日の夜以降に病院で命を落とした。
 平成以降最悪の犠牲者が出た放火事件に、指揮隊長は後日、「隊員全員が一人でも多くの命を救おうと活動したが、大変残念に感じている」と無念さを語った。