太平洋戦争末期に旧日本海軍と三菱重工が共同開発した、日本初の有人ロケット戦闘機。当時、日本本土空襲の主力機だったBー29は高度約1万メートルを飛んでいたが、高射砲は届かず、迎撃手段の開発が急がれていた。ドイツから秘密裏に持ち帰られたわずかな図面などを元に開発された。

 秋水は、ロケットエンジンによる推進力で高度1万メートルまで3分~3分30秒で上昇するという、当時としては驚異的な性能を誇った。しかし、高価な薬液を燃料とし燃費も悪かったため、滞空時間は制限され、1万メートルまで上昇後は時速600キロで約3分しか航続できなかったとされる。

 1945年に試験飛行は開始されたが、不時着大破などの事故もあり、終戦までに完全な完成機にはならなかった。