世紀のロックスター「デビッド・ボウイ」。たびたび訪れた京都で、何に感化され、どう自己変革したのか。知られざる足跡を追う。(THE KYOTO=樺山聡)

■桃源洞に君臨 謎の東洋美術家


 デビッド・ボウイ(1947~2016年)。常に自己変革を続けた希有な表現者が京都を愛していたことは、つとに知られていた。しかし生前、その足取りは霧に包まれていた。

 「京都市内に邸宅を構えているらしい」。情報に飢えたファンの間ではそんなうわさまで広まったが、真相は違った。ボウイは京都を訪れるたび、同じ「DAVID」という名を持つ謎めいた東洋美術家の邸宅に足を運んでいた。

 2人の「DAVID」の秘密が今、明らかになる。

 北と東西の三方を山に囲まれた京都盆地。その東、東山三十六峰に連なる小高い山がある。

 九条山。その森の中で市街地を見下ろすかのようにある邸宅が、2人の邂逅の舞台だった。

 「もう一人のDAVID」とは、「ディヴィッド・キッド」という人物だった。

 彼は生前、表舞台にはほとんど姿を見せず、京都で知る人ぞ知る存在と言えた。

 「まるで桃源郷に住む仙人のようだった」。関係者はそう口をそろえる。

 米国出身のキッドは1970年代から、京都・九条山での暮らしを始めたようだ。自身が住む邸宅を、かの桃源郷になぞらえて「桃源洞」と名付け、暮らした。

■来日のたび通った山上サロン

 「純和風の邸宅内には、至る所に仏像や骨董品が並んでいた」

 隅から隅まで一流の美学に貫かれた館。そんな印象だったと、「桃源洞」を訪れたことがある人々は証言する。

 キッドはここで骨董品の売買を手掛けていたという証言もある。ただ、それだけではない。

 国内外のアーティストや宗教家といったセレブたちを招く供宴を催していたというのだ。

 「一種のサロンだった。そこに一流のアーティストから若手能楽師まで、さまざまな人が出入りして会話を楽しむ」

 「訪れると、すらりとしたキッドさんが玄関で三つ指ついて出迎えてくれる。彼流の遊び心と機知に富んだおもてなしだったのでしょう」

 東洋文化の粋で満たされた空間がそこにはあった。

 「桃源洞でのキッドさんはまさに『君主』然としていて、たたずまいが美しかった」

 「桃源洞」を一度でも訪れたことがある人は一様に、まるで一夜の夢を語るかのように宙を見つめ、まばゆそうに振り返るのだった。

 この「桃源洞」に、ボウイは来日のたびに足を運んだと関係者は証言する。