京都で最も入りにくい古書店だろう。澁澤龍彦、生田耕作、金子國義といった異端が集った「迷宮の書林」。アスタルテ書房はどのようにして生まれたのか。(THE KYOTO=樺山聡)

■マンション一室の「書庫」


 「京都でいちばんマニアックな品揃えで、いちばん場所がわかりにくい本屋」。編集者・ライターの都築響一さんは2008年の著書『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(晶文社)で、アスタルテ書房をそう形容した。

 店は京都市の中心市街地にあるマンション2階の一室。表に看板はない。知らない人がふらっとのぞくなんてことは、まずない。

 扉を開く。中に入るには靴をぬぎ、そろえられたスリッパに履き替える。

 「本屋で買い物、というより蔵書家の書庫にお邪魔した気分だ」。都築さんの表現が言い得て妙だ。

 まさしくそこは、愛書家が家族にも入ることを許さない秘密の奥間をのぞき見するような背徳感も抱かせる空間なのだ。

 重厚な棚には、国内外の異端・幻想文学がずらりと並ぶ。社会に背を向けたような文字たちが、妖しげに浮かび上がる。

 居並ぶ著者名だけでも、面妖の趣が漂う。

 マルキ・ド・サドの小説『悪徳の栄え』の翻訳でも知られる小説家、澁澤龍彦(1928~87年)。祇園生まれで異色の京都大学教授だったフランス文学者、生田耕作(1924~94年)。そして、谷崎潤一郎、三島由紀夫、稲垣足穂…。独自のエロチシズムを表現した作家たちの、初版本を中心にそろえられている。

 「君も、禁断の世界に立ち入ってみるかい?」

 そんな店主のささやきが聞こえてきそうだ。

■書斎机に座る貴婦人


 あるじはどこにいるのかと探すと、奥の書斎机に女性が一人座っている。あの貴婦人が経営者だろうか。

 7月初旬。店の一角では、ゆかりの画家、金子國義(1936~2015年)の作品展が開かれていた。

 「金子先生は京都に来ると、いつも店に寄ってくれました」

 壁に掛かる無国籍の美少女たちに見入っていると、店主とみられる女性が語り出した。

 澁澤や生田の著作の表紙絵も多く手掛けた金子は、生前から毎年のようにアスタルテ書房で作品展を開いていたという。

 艶のある退廃的な画風で知られた金子には生前、会ったことがある。

 不思議な人だった。

 78歳で亡くなる1年半ほど前の2013年夏、京都でのインタビューだった。

 画壇デビューのきっかけをくれた澁澤の思い出をこんなふうに語った。

 「友人が僕のアパートに連れて来て、壁にある僕の作品を見てくれた。一番尊敬している先生だったから褒められて有頂天になった。その日に訳書の挿絵を依頼され、個展へとつながった」