■「高級な人」の怖さ


 金子にとって澁澤は恩人であり、常に仰ぎ見る存在だったようだ。「鎌倉の先生の自宅に遊びに行ったり、一緒に京都旅行をしたりしたけれど、高級な人というのはどこか怖い。持参したお土産が気に入らないと『ダメだね』の一言。センスがいつも問われている。今思えば、そのことで自分が磨かれたんだろうね」

 「高級」。金子はこの言葉を何度も口にした。

 10代の頃、師事する歌舞伎舞台美術家の故長坂元弘から「一番高級なものを見ろ、食べろ」と教えられ、桂離宮や金閣寺、瓢亭に連れて行ってもらったと振り返った。一目で金子の作品と分かる独自性は、そうやって研ぎ澄まされたことが垣間見られた。

■京都で磨いた審美眼


 インタビューの前夜に祇園で遊んだと笑い、「エロス的世界がまだ残っている。人間が生きている場所という感じがある」と京都の花街を評した。お気に入りの「舞妓ちゃん」について喜々と語る風情は、古希をとうに越えたとは思えない華やぎと艶をまとっていた。

 雑誌『ユリイカ』の表紙絵でも知られた金子は、晩年も絶えず審美眼を京都で磨いていた。

 その金子が、京都でお気に入りの場所に挙げたのがアスタルテ書房だった。

 金子をはじめ、異端とされた海外の幻想文学を日本に紹介した澁澤や生田も愛したとされる「異端の牙城」は、どのような人物が築き上げたのだろう。

 「それは主人のこだわりが大きかったですね」

 店主とおぼしき女性に尋ねると、来歴を語ってくれた。

 京都でもひときわ異彩を放つアスタルテ書房は、常識や通俗にくみせず、孤高の観念世界に魅せられた一人の男によって産み落とされた空間だった。