かんさく・けんいち 1965年生まれ。日本近世文学、特に和歌史・学芸史。東京都立川市の国文学研究資料館館で12月14日まで開催「本のかたち本のこころ」展に歌仙絵入り刊本を出展。

 ウィーンはあいにくの小雨。曇り空からかそけき光りが射し込み、花とりどりの庭園は緩やかに傾斜してベルヴェデーレ宮殿に続いていた。クリムトのコレクションは壮麗で、中でも、はじめて観(み)た「Der Kuβ」(接吻(せっぷん))は神々しさとともにそこに流れる静謐(せいひつ)な時間を感じさせた。

 絵の<ちから>は絶大だ。文脈を問わず、鑑賞者に一気に働きかけてくる。源氏は文学として素晴らしいが、源氏物語絵巻や奈良絵本、画帖(がちょう)や屏風、絵入り源氏(刊本)、あるいはカルタ、浮世絵、双六(すごろく)をはじめとする、絵を伴った長大な源氏の<文化史>もまた瞠目(どうもく)すべき多様な<実り>を有している。

 さて、「歌仙」というのは和歌の名手の謂(い)いで、紀貫之が選んだ「六歌仙」(古今和歌集序)や藤原公任(きんとう)が選んだ「三十六歌仙」(三十六人撰(せん))などが知られる。江戸期の川柳、「六歌仙 六をかけても 歌仙なり」は掛け算の遊びだが、いずれ貴顕(きけん)に留(とど)まらず、八っつあんも熊さんも皆、歌仙といえば人麻呂だ小町だと合点がいった。
 そうした「歌仙」のイメージを定着させるのに大きく与(あずか)ったのが「歌仙絵」である。

 歌人の似せ絵(絵姿)は、公任が三十六人の秀歌を編んだ『三十六人撰』(一〇一〇年頃の成立か)からやや遅れて、鎌倉時代初期に生まれた。最古の遺品は藤原信実(のぶざね)が描いたといわれる「佐竹本三十六歌仙絵」であり、藤原良経(よしつね)と伝称される端正なる和歌本文ともども、古厳を湛(たた)えた深みを醸し出して貴重である。これに続くのが上畳本(あげだたみぼん)、業兼本(なりかねぼん)。以降歌仙絵は、室町・江戸期を通じてやまと絵の代表的なモチーフとして、正統を基盤に据えつつ創意と変容を繰り返してゆく。

 折しも京都国立博物館で、特別展「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」が始まった(十一月二十四日まで)。今からちょうど百年前の大正八(一九一九)年に一歌仙ずつ分割して売り立てられた佐竹本三十六歌仙絵が、「三十一件」という史上最大規模で集結している。歌聖人麻呂はどういう表情か。小町はどうか。はたまた貫之は――。実際にこの眼(め)で観ることができる、絶好の機会である。

 着彩による典雅な歌人たちの佇(たたずま)まいも、のちに後京極流と呼ばれた伝良経の謹直なる書風も、展観者にはそれぞれに、そのホンモノの迫力を感じ、味わい、存分にこの幸せを受け止めてほしい。(国文学研究資料館教授・研究主幹)