京都の向島団地(伏見区)で育ち、国内屈指の人気ラッパーとなったANARCHY(アナーキー)。音楽活動とともに夢だった映画を初監督した。貧困など、逆境をばねにした実体験も半ば重ね合わせた音楽青春映画「WALKING MAN」。「言いたくても言えない人の気持ちを代弁するのがラッパー。まず一歩、踏み出す勇気を映画に詰め込んだ」と語る。主演は「ちはやふる」の野村周平、11日から全国公開されている。ふるさと向島団地への思いを聞いた。(インタビュー:三好吉彦、構成:岡本晃明)
 

向島団地で撮影のPV「Where We From feat. T-Pablow」より

      

―人の怒りや気持ちを代弁していくというのは、ラップだけではなく、演歌とか、いろんな 歌は大体そうじゃないでしょうか。ラップだからできることとは何だと思われますか
でも一緒ですね、演歌がラップになって、ロックがラップになって、 レゲエがラップになって、 ジャズとかブルースがラップになって。今の演歌なんですね。今のロックなんです、ヒップホップが。そういう風に若い子達は聞いていると思います。

―根底は一緒ということですか
 そうです。その街のこととか、津軽海峡なんちゃらとか、分からないですけど演歌もそうじゃないですか。その街のことやその街のブルース、その街の涙を歌うのが演歌だったりするので、根本の部分、やっぱり本当に人の心に届くものは、愛かブルースじゃないですか。俺はそういう部分がヒップホップにも入っていると思います。
かつてのロックンロールが今のヒップホップです。今の時代の若者たちが怒りをぶつけ、叫び、魂の叫びって、今ヒップホップにしかない。俺はそう思っています。

―向島団地出身。向島団地への思いというのは強いのでしょうか
 そうですね。やっぱり育ててくれた街やし、向島団地やなかったらラップをやっていなかったかもしれないですし、今の仲間にも出会えたし。団地っていうのはお金のない人たちや貧乏な人たちが集まるけれども、いいところを見れば、薄い壁一つ、隣の声が聞こえてくるような団地というのは、ある意味筒抜けでみんなが家族みたいなところやし。逆に温かい部分も俺はあったりすると思っていて。
 だからそこら辺に団地の下にいる子供たちは自分の弟やと思うし、隣の女の子が泣いていたら助けてあげるし。そういう気持ちでいたら都会よりも、もっと温かいものが団地の中にはあって、そういうのに俺は助けられたりもした。それは今でも感謝もしているし、根底にあるものだと思います。

 

写真提供©Cherry Chill Will.

  

     

     

―先ほどの「仲間たち」というのは同級生だけではなく、同じ地域の先輩後輩でもあるわけですね
 そうですし、その町にいる人たち全員、仲間だと思ってます。
―監督された映画は向島団地が舞台ではなく、川崎市が舞台になっています
 川崎の方が合ってました。この映画にとって舞台は向島ではなかったと思いますね。向島だったらもっと団地の話が出てくるんですけれども、これは一人の寂しい男の子の話なので。 ああいう煙たい工場地帯の方が合っていたと思います。
―川崎が舞台ですけれどもアナーキーさんのファンにすれば、映画の奥に向島団地が見えるという人もいるでしょう
 人それぞれぞれの思いで観てくれたらいいですね。
 (連載4「誰に届けたいのか 映画へ込めた夢とは」に続く)