<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 

 ボーダレス・アートミュージアムNO―MA(近江八幡市)の学芸員を2010年から務める横井悠さんは、この10年を「新しいことばかりだった」と振り返る。それまでは芸術系大学で作品を制作していて、初めて福祉の世界と関わることになったが、それだけではない。

 館は現代アートと障害のある人の作品を隔てなく展示する。障害のある人の作品は多くが日常生活の中で作られ、完結している。美術館での展示を想定しているわけではない。そんな作家に会い、作品をアートとして捉え、見せ方を考える。従来の美術界にはなかった考え方だ。

 ひたすら点を打つ。糸を編み続ける。思いも寄らない方法で生み出された作品からは、蓄積された時間やエネルギーが感じられる。だが、それらは作家の日常と分かちがたく結びついている。どこまでがその人の表現といえるのか。日常生活や制作過程を併せて紹介しなければ伝わらない場合も多い。

杉浦篤「Untitled」(1992年~) 思い入れのある写真を作者が年月をかけて触り続けることで、すり切れ、角が取れ、古色を帯びていく

 一方で、説明しすぎると、作品のミステリアスな魅力が失われる。今秋、近江八幡芸術祭で展示した杉浦篤さんの作品は、杉浦さんが愛着を込めて触り続けるうち摩耗した古い写真の数々だ。横井さんはあえて説明を最小限に抑えた。そうすることで、すり切れた写真は見る者に遠い記憶をたぐらせるような謎めいた魅力をたたえて見えた。

 どの作品を選び、どう見せるか。そもそも、発表することを考えず、ひっそりと制作している作家たちをどう探すのか。館は06年から作品調査を続けてきた。学芸員3人に10人近い外部協力者が加わり、「面白い作品を作る人がいる」といううわさや、福祉や美術のネットワークでもたらされた情報を基に会いに行く。対象は日本全国にとどまらずアジア各国に及ぶ。

ドゥイ・プトロ×ナワ・トゥンガル「Teaterikal Lukisan "Ruwat"」(2020年) インドネシアの伝統的な影絵芝居を題材に、兄ドゥイ・プトロが絵を描き、弟ナワ・トゥンガルが映像を制作した。作品名には厄払いの意味があり、世界が感染症から解放される祈りを込めている

 新しい試みだけに、評価に明確な基準はない。学芸員個人の価値観が全てだが、横井さんは肯定的に捉える。「評価が定まっていないものを展示することで、アートって何? とあらためて考えてもらえれば」

 町家を改造したスペースには個性的な作品群が映える。散策がてら立ち寄って、館や作品の魅力を知る人もいる。「間口は広げながら、企画の質は高めていきたい」と横井さんは意気込む。

 

 ボーダレス・アートミュージアムNO―MA 2004年、障害のある人の作品を展示するギャラリーとして開館、数年のうちにアール・ブリュット(生の芸術)の国際展を企画、国内外の注目を集めた。アール・ブリュットという言葉は、正規の美術教育を受けていない人の芸術表現を指して使われ、アウトサイダー・アートなどの言い方もあるが、NO―MAでは現代アートなど多様な表現を隔てなく見せる意味で「ボーダーレス」(境界がない)の語を使う。近江八幡市永原町上。0748(36)5018。