「50歳ぐらいまでアイドルを続けたい」と語るミライスカートの児島真理奈(京都市中京区)

「50歳ぐらいまでアイドルを続けたい」と語るミライスカートの児島真理奈(京都市中京区)

 メンバーの相次ぐ「卒業」で、たった1人になっても京都市を拠点に活動を続けているアイドルがいる。関西アイドル界のトップランナーと呼ばれた「ミライスカート」の児島真理奈。所属事務所もなくなったが自ら事務所を設立し、スケジュール管理からCD販売までほぼ全て1人で行っている。「ミライスカートに就職するって決めたから、やめたいなんて思ったことはないです」。24歳は笑顔で前を向く。

 幼い頃からモデルなどの活動をしていた児島は「モーニング娘。」に憧れ、アイドルになるのが夢だった。大学時代、新たに結成するミライスカートのメンバーに選ばれ、決まりかけていた航空会社の客室乗務員を辞退した。「大学にも就職先にミライスカートって書いて提出しました」

 京都発の4人組アイドルとして2014年6月に左京区のクラブメトロであったお披露目の催しでステージデビュー。翌年にはメジャーデビューを果たし、東京での催しにも数多く出演したが、活動3年目で1人が「卒業」。昨年には相次いで2人が抜け、1人に。事務所も失った。「2人になってしまった時に新メンバーを決めるオーディションをすることになったのに、全く予期しないことで、なんでって驚きました」

 それでも、自身は引退という選択肢を考えたことはなかったという。「私が辞めてしまったらミライスカートがなくなっちゃうし、ファンの方々にも失礼になる。これまでの曲も大好きだから、悔しかったけれど逆に、もっと頑張るぞって気持ちにもなりました」

 個人事務所として「児島エンターテインメント」を昨年7月に立ち上げ、2人で出す予定だった曲「逆境ガール」を1人で歌ってリリースした。「タイトルがあまりにもタイムリーになっちゃって」と笑う。

 活動資金を捻出するため、不動産会社の事務などアルバイトをしながら活動を続ける。「物販の荷物をたくさん運べるように筋トレもしてます」。苦労も多いが、1人だからこそ仕事の幅が広がったと話す。「単独になったおかげでフットワークが軽くなりました」。関西国際空港や南海電鉄とのコラボ企画や海外でのライブと飛び回る。「今年の夏はパリであったジャパンエキスポに急きょ呼ばれて。身軽だからこそ、すぐに動くことができた」

 単身でもミライスカートとして息の長い活動が目標と語る。「50歳ぐらいまで続けたい。海外の日本文化への熱量にびっくりしたので、いつか平安神宮のような大きな場所でイベントを開いて、京都の素晴らしさを世界に伝えていきたい」と夢を描いている。

 ■来月、京でライブ

 11月4、5日に京都市内でライブがある。いずれも仙台市出身のガールズユニット「Dorothy Little Happy」と出演する。4日はクラブメトロ(左京区)で正午からと午後4時からの2公演。5日はKYOTOMUSE(下京区)で午後6時半開演。いずれも前売り3千円、当日3500円。