山中伸弥さん(右)と故平尾誠二さん(2013年撮影、京都大iPS細胞研究所)

山中伸弥さん(右)と故平尾誠二さん(2013年撮影、京都大iPS細胞研究所)

 20日は3年前に53歳で亡くなった平尾誠二さん(伏見工高-同大出)の命日。 ワールドカップ(W杯)で、大会を誰より心待ちにしていたあの人の姿は見られない。「ミスターラグビー」と称された平尾さんは大会組織委員会の一員でもあった。ラグビー日本代表が4強入りをかけて挑む一戦を前に、親交が深かった京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長が、出張先の米国からコメントを京都新聞に寄せた。

 2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥所長は、神戸大医学部の学生時代にラグビー部でプレー。雑誌の対談から交流が始まった2人は響き合い、平尾誠二さんの病気を友人として、医師として見守った。山中さんは数日前に一緒に飲んだ平尾さんのがんを知り、シャワーを浴びながらひとり声を上げて泣いた。治療法を考える際はラグビーの試合に例え「今は後半でリードを許している感じ。でも平尾さんは何度も逆転しましたよね。肝心なのは生きる力」と励ました。

【コメント全文】
 日本代表は8年間にわたって超人的な努力を続けられ、フィジカル面でも技術面でも強豪国と対等以上に戦っておられます。日本代表の結束と高い規律を目の当たりにし、心から感動しています。
 南アフリカ戦が行われる10月20日は平尾誠二さんの命日です。
 日本代表の活躍の礎を築いた平尾さん。日曜日は平尾さんと共に日本代表の応援をしたいと思います。

■ひらお・せいじ 1963年生まれ。京都市南区出身。陶化中でラグビーを始め、伏見工業高3年で全国高校大会優勝。同志社大で全国大学選手権3連覇、神戸製鋼で日本選手権7連覇。ワールドカップ(W杯)には87年の1回大会から3大会連続で出場。4回大会は監督を務めた。日本代表キャップ35。2016年に53歳で亡くなった。