濃州垂井駅紫雲閣山建地割図 1870(明治3)年頃 藤岡家大工資料(長浜城歴史博物館寄託) 岐阜県垂井町で行われる祭りの山車「紫雲閣」を藤岡和泉が改修した際の図面

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 長浜市長浜城歴史博物館の学芸員、坂口泰章さんは食品メーカーで働いていた2013年に国立国際美術館(大阪市)で中世フランスのタピスリー「貴婦人と一角獣」を見て、作品とその見せ方に圧倒された。一念発起して勉強し、転職した。

 学芸員として初めて訪れた長浜は「勉強しがいがある」街だと感じたという。平安期の仏教美術、中世の戦国史、近世の商都としての顔。「多角的な歴史を持ち、文化発信力に優れている。何より地元の人が歴史や文化をとても大切にしている」

 古い行事も残る。東本願寺第19代乗如の命日にちなむ「二十二日講」は、1800年初頭から現代に至るまで続き、乗如を描いた掛け軸が集落の家々を巡回する。年越しの法要では、子どもたちも親鸞が説いた真宗の教え「正信偈」を唱える。歴史が生活の一部として受け継がれていることに驚き、展覧会で発信したいと強く感じた。

 紹介したい伝統は数多い。長浜で1600年代から続いた大工の一門、藤岡和泉家は仏壇、寺社仏閣、祭りの曳山などの制作・修復に代々腕をふるってきた。「全国水準の技術を誇り、藤岡和泉作の仏壇は和泉壇としてブランド視された」という。しかし、華麗で大きいがゆえに近年、手放す人もある。「価値の高さを伝えたい」と、展覧会の計画を練る。

 江戸期を代表する寺院、大通寺(長浜御坊)も美の宝庫だ。東本願寺門主の子息らが住職を務め、彦根藩主の姫も輿入れしたことから、蒔絵のたばこ盆やかるた、ひな人形など華麗な調度品が残る。9代住職、能満院が描いた「昆虫図巻」はトンボやセミ、カタツムリなどを精密に描いており、高い教養と博物学が盛んな時代の風潮を映す。

昆虫図巻(部分) 能満院達位筆 1853(嘉永6)年 大通寺蔵(長浜城歴史博物館寄託)

 館は戦国関係史料の収集にも力を入れる。賤ケ岳の戦いや豊臣秀吉の治世など、戦国時代の長浜にひかれて来館する人が多いからだ。展示品には浅井家の家臣だった家など、地元から寄贈されたものも目立つ。

 坂口さんは「代々伝わる史料を見てほしい」と依頼されることがある。南北朝時代の絵画が寺院の長持ちに眠っていたこともあった。豊かな歴史とそれを守る人々の心に触れるたび「広くこの価値を伝えたい」との思いは募る。

模擬復元された長浜城天守閣。内部が博物館になっている

 長浜市長浜城歴史博物館 長浜城についての史料はほとんど残っていないが、市民の寄付により、同時代の城郭などを参考に天守閣を模擬復元した。内部を博物館にしており、観光名所として訪れる人も多い。コロナ禍で休館した4月は、初めて館内の展示を動画で撮影、配信した。地元の歴史や文化を伝える出張講座も行っており、坂口さんは毎週、伝統文化を学ぶ地元の中学校で生徒にアドバイスしている。長浜市公園町。0749(63)4611。